『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 18 訳7 1642年10月-1643年09月 p.113

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る由、全能の主が之を與えられんことを。, て積荷を奪い、その犯人は逮捕されたが、上記の如く、沈香を求めに行くことが禁止されたの, げられているのである、と。同樣に、沈香の輸入〔の減少〕も國王の禁令に依るもので、即, 來た者が、罪も無いのに殺戮されたことが影響している。それ故、鹿狩りや水牛角の集荷が妨, が註文よりもかなり不足していることを知った。それは(ファン・ツームの報告に依れば)皮革, である。そこで、量を増す爲め、見本として若干のバリゴ即ち中等品を上等品と共に送った, 類の集荷が尠かったことに起因しているが、そして特に、國王に對する陰謀が企てられ、事, 田。鮫皮の註文は、これが廉價に入手されたという理由で、六〇〇○枚増加されていた。同樣, の報告に接したが、その文面から、殘念なことに、鹿皮、水牛角および沈香, ち、ティアンテの住民が同地で座礁した前記の國王陛下の大官のジャンク船の乘組員を殺害し, 件の共謀者は發覺後、嚴罰を以て處刑されたが、多數の人々が、とりわけ上の地方から逃げて, 同じく、六月末日にシャムを離れた同じズヴァーン號から、ツーム君〓, 館長となった。彼はこの地位の承認をバタフィア政廳に求めているが、在シャム商館長任命の時期は一六四二年乃〓, 四三年と推定される。一六四四年二月六日にシャム國王の總督充信書を携えてバタフィアに〓った時點での資格はト, 級商務員、在シャム前商館長であった。一六四四年五月三日、ズヴァーン號でシャムに渡航し、シャム國王に總督の, ム駐在上級商務員。彼は一六三六年十二月以來、下級商務員としてシャムに駐在、一六四〇年商務員に昇格、翌年, 信書と進物を呈した。一六四五年、日本商館長に任命され、同年十一月三十日長崎に到著、一六四七年十月二十七, 上級商務員エレミアス・ファン・フリートjeremias van vlietがシャムを去った後、その職務を繼承して實質上の商, まで長崎に駐在し、バ, タフィアに〓った。, 上級商務員エレミアス・ファン・フリートjeremias van vlietがシャムを去った後、その職務を繼承して實質上の商, 信書と進物を呈した。一六四五年、日本商館長に任命され、同年十一月三十日長崎に到著、一六四七年十月二十七, ム駐在上級商務員。彼は一六三六年十二月以來、下級商務員としてシャムに駐在、一六四〇年商務員に昇格、翌年, 級商務員、在シャム前商館長であった。一六四四年五月三日、ズヴァーン號でシヤムに渡航し、シヤム國王に總督, 四三年と推定される。一六四四年二月六日にシャム國王の總督充信書を携えてバタフィアに〓った時點での資格はト, 物産の集貨, 館長となった。彼はこの地位の承認をバタフィア政廳に求めているが、在シャム商館長任命の時期は一六四二年乃〓, 暹羅の政情, 荷の停滯, 勢を報ず, ファン・ツ, 鮫皮を増量, 鹿皮沈香集, ム暹羅の情, 不安, 其原因, 不調, 日本向暹羅, 物産の集貨, す, 暹羅の政情, 一六四三年八月長崎にて, 一一四

割注

  • まで長崎に駐在し、バ
  • タフィアに〓った。
  • 上級商務員エレミアス・ファン・フリートjeremias van vlietがシャムを去った後、その職務を繼承して實質上の商
  • 信書と進物を呈した。一六四五年、日本商館長に任命され、同年十一月三十日長崎に到著、一六四七年十月二十七
  • ム駐在上級商務員。彼は一六三六年十二月以來、下級商務員としてシャムに駐在、一六四〇年商務員に昇格、翌年
  • 級商務員、在シャム前商館長であった。一六四四年五月三日、ズヴァーン號でシヤムに渡航し、シヤム國王に總督
  • 四三年と推定される。一六四四年二月六日にシャム國王の總督充信書を携えてバタフィアに〓った時點での資格はト
  • 物産の集貨
  • 館長となった。彼はこの地位の承認をバタフィア政廳に求めているが、在シャム商館長任命の時期は一六四二年乃〓
  • 暹羅の政情

頭注

  • 荷の停滯
  • 勢を報ず
  • ファン・ツ
  • 鮫皮を増量
  • 鹿皮沈香集
  • ム暹羅の情
  • 不安
  • 其原因
  • 不調
  • 日本向暹羅
  • 物産の集貨
  • 暹羅の政情

  • 一六四三年八月長崎にて

ノンブル

  • 一一四

注記 (43)

  • 1717,640,55,994る由、全能の主が之を與えられんことを。
  • 467,642,56,2283て積荷を奪い、その犯人は逮捕されたが、上記の如く、沈香を求めに行くことが禁止されたの
  • 676,639,57,2290げられているのである、と。同樣に、沈香の輸入〔の減少〕も國王の禁令に依るもので、即
  • 781,629,57,2304來た者が、罪も無いのに殺戮されたことが影響している。それ故、鹿狩りや水牛角の集荷が妨
  • 1092,637,59,2300が註文よりもかなり不足していることを知った。それは(ファン・ツームの報告に依れば)皮革
  • 364,647,57,2283である。そこで、量を増す爲め、見本として若干のバリゴ即ち中等品を上等品と共に送った
  • 989,630,56,2304類の集荷が尠かったことに起因しているが、そして特に、國王に對する陰謀が企てられ、事
  • 260,653,57,2278田。鮫皮の註文は、これが廉價に入手されたという理由で、六〇〇○枚増加されていた。同樣
  • 1198,1074,55,1859の報告に接したが、その文面から、殘念なことに、鹿皮、水牛角および沈香
  • 573,641,55,2289ち、ティアンテの住民が同地で座礁した前記の國王陛下の大官のジャンク船の乘組員を殺害し
  • 885,645,55,2279件の共謀者は發覺後、嚴罰を以て處刑されたが、多數の人々が、とりわけ上の地方から逃げて
  • 1612,689,58,1699同じく、六月末日にシャムを離れた同じズヴァーン號から、ツーム君〓
  • 1431,636,47,2289館長となった。彼はこの地位の承認をバタフィア政廳に求めているが、在シャム商館長任命の時期は一六四二年乃〓
  • 1387,633,47,2289四三年と推定される。一六四四年二月六日にシャム國王の總督充信書を携えてバタフィアに〓った時點での資格はト
  • 1328,629,47,2287級商務員、在シャム前商館長であった。一六四四年五月三日、ズヴァーン號でシャムに渡航し、シャム國王に總督の
  • 1534,636,47,2256ム駐在上級商務員。彼は一六三六年十二月以來、下級商務員としてシャムに駐在、一六四〇年商務員に昇格、翌年
  • 1283,598,47,2316信書と進物を呈した。一六四五年、日本商館長に任命され、同年十一月三十日長崎に到著、一六四七年十月二十七
  • 1492,629,45,2296上級商務員エレミアス・ファン・フリートjeremias van vlietがシャムを去った後、その職務を繼承して實質上の商
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  • 1184,639,40,358タフィアに〓った。
  • 1493,633,45,2293上級商務員エレミアス・ファン・フリートjeremias van vlietがシャムを去った後、その職務を繼承して實質上の商
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  • 1388,633,47,2289四三年と推定される。一六四四年二月六日にシャム國王の總督充信書を携えてバタフィアに〓った時點での資格はト
  • 1163,374,41,215物産の集貨
  • 1431,632,47,2290館長となった。彼はこの地位の承認をバタフィア政廳に求めているが、在シャム商館長任命の時期は一六四二年乃〓
  • 987,374,43,216暹羅の政情
  • 746,378,40,171荷の停滯
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