『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 18 訳7 1642年10月-1643年09月 p.150

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勞と出費を覺悟せねばならない。, 竝びに其他の友人たちに充てて、, かも知られぬまま、〓囚として江戸に送られたことを傳えられたが、我等の通詞二人が、そ, 堪能な者が(彼は以前、我等の使用人で、會社の通詞であった)直ちに彼の地へ出發するよう, られ、船長スハープ、下級商務員ビイレフェルト竝びに彼等の給仕パウルス等が何者である, 許可を得て彼等に送った手紙の内容は次の如くである。, し、これに乘船して出發せしめんことを許し給わんことを。さもなくば、會社はこれにつき苦, 命ぜられた。神が上記のオランダ人たちに、我等の船舶の出帆の以前に長崎に來たることを許, のうち一人は船長スハープをよく見識っていたが、身柄の受取りの際に諸君と出會ったこと, 尊敬すべき、敬虔にして思慮深き諸君、, 九月十日、我等は當地の知事より諸君が政宗の領土の附近に碇泊し、日本人によって捕え, という、オランダ語に, とを知っている。何故のそのように〔話せぬ振りを〕したのかは、目下のところ解らない)。, その爲め、平戸から藤左衞門殿, 船長ヘンドリック・コルネリッセン・スハープ、下級商務員ウィルヘム・バイレフェルト, には、藤左衞門と稱する通詞の名は見當らない一, )秀嶋藤左衞門か、但し現存する平戸商館給與簿, 等江戸送致, 著竝に船長, の報に接す, 蘭船南部漂, 商館長書状, 門を江戸に, 急據藤左衞, 派す, 一六四三年九月長崎にて, 一五一

割注

  • には、藤左衞門と稱する通詞の名は見當らない一
  • )秀嶋藤左衞門か、但し現存する平戸商館給與簿

頭注

  • 等江戸送致
  • 著竝に船長
  • の報に接す
  • 蘭船南部漂
  • 商館長書状
  • 門を江戸に
  • 急據藤左衞
  • 派す

  • 一六四三年九月長崎にて

ノンブル

  • 一五一

注記 (27)

  • 1317,602,52,780勞と出費を覺悟せねばならない。
  • 897,710,53,780竝びに其他の友人たちに充てて、
  • 469,662,63,2224かも知られぬまま、〓囚として江戸に送られたことを傳えられたが、我等の通詞二人が、そ
  • 1622,604,64,2291堪能な者が(彼は以前、我等の使用人で、會社の通詞であった)直ちに彼の地へ出發するよう
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  • 1517,602,65,2293命ぜられた。神が上記のオランダ人たちに、我等の船舶の出帆の以前に長崎に來たることを許
  • 367,658,61,2222のうち一人は船長スハープをよく見識っていたが、身柄の受取りの際に諸君と出會ったこと
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