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〔一六四五年二月〕, 三十一日正午前に、閣僚対馬殿が彼の用人を通して受け取った贈物の礼を述べさせた。そ, の後閣僚酒井河内殿も同様にし、彼も我々にスホイト銀三〇枚を贈った。それから、通詞たち, らに我々に対し受け取った贈物への感謝を述べさせた。閣僚讃岐殿と加賀殿, 三十日朝、松平右衛門殿, ことをし、それぞれスホイト銀三〇枚ずつを我々に贈った。しかし牧野佐渡殿は贈物をされた, い、それは受納されるであろうと〔のことであり〕、この返答を宿主は戻ってきて我々に告げ, ことに感謝を述べさせたが、贈物は再び返し、彼は今は如何なる贈物も受納しない由であった。, け取ることがそれ程大きな名誉と厚意として見做されるのなら、もう一度それを持ってきてよ, は閣僚たちの用人たち書記官たちに贈物をしに行った。, それで贈物の品は前述の殿下方の所へ再び送り出された。, を、当地の当局の命令によって市外のどこかの荒地に非常に深い穴を, も同様の, 一月朔日今朝、昨夕死亡した私のラメイ出身の召使い, か、彼の用人を通して我々に数枚の絹の衣服を贈り、さ, り同年二月三日に及ぶ, ○正保一年一月五日に始ま, ○ラメイは小琉球。バタフィア城日記一六四, ルトワーテル氏の小使、ラメノ, 守正盛, ○堀田加賀, のピーテル」の名が出てくる, 四年から一六四五年の記事の中に、「オーフ, ○松平右衛, 門督正綱, ndonne, 堀田正盛の, 阿部重次, 使者来訪, 物を謝絶, 松平正綱, 酒井忠清の, 使者来訪, 謝辞を伝え, を呈す, 返礼の進物, 酒井忠勝, 閣老の用人, 等への進物, 江戸郊外に, 牧野親成進, ラメイ人召, 使死亡, 一六四五年二月江戸にて, 二五
割注
- り同年二月三日に及ぶ
- ○正保一年一月五日に始ま
- ○ラメイは小琉球。バタフィア城日記一六四
- ルトワーテル氏の小使、ラメノ
- 守正盛
- ○堀田加賀
- のピーテル」の名が出てくる
- 四年から一六四五年の記事の中に、「オーフ
- ○松平右衛
- 門督正綱
- ndonne
頭注
- 堀田正盛の
- 阿部重次
- 使者来訪
- 物を謝絶
- 松平正綱
- 酒井忠清の
- 謝辞を伝え
- を呈す
- 返礼の進物
- 酒井忠勝
- 閣老の用人
- 等への進物
- 江戸郊外に
- 牧野親成進
- ラメイ人召
- 使死亡
柱
- 一六四五年二月江戸にて
ノンブル
- 二五
注記 (45)
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- 1098,625,54,2240三十一日正午前に、閣僚対馬殿が彼の用人を通して受け取った贈物の礼を述べさせた。そ
- 996,567,56,2295の後閣僚酒井河内殿も同様にし、彼も我々にスホイト銀三〇枚を贈った。それから、通詞たち
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- 1300,560,56,2313ことをし、それぞれスホイト銀三〇枚ずつを我々に贈った。しかし牧野佐渡殿は贈物をされた
- 1705,573,59,2273い、それは受納されるであろうと〔のことであり〕、この返答を宿主は戻ってきて我々に告げ
- 1198,541,56,2342ことに感謝を述べさせたが、贈物は再び返し、彼は今は如何なる贈物も受納しない由であった。
- 1803,559,59,2303け取ることがそれ程大きな名誉と厚意として見做されるのなら、もう一度それを持ってきてよ
- 896,574,51,1323は閣僚たちの用人たち書記官たちに贈物をしに行った。
- 1601,567,57,1379それで贈物の品は前述の殿下方の所へ再び送り出された。
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