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った。我々はまた、我々の贈物の残りを荷造りし、多少の品物を販売した。, 掘って埋葬した。当地の海の浅瀬、そこでは日々市中の住人たち及び皇帝自身のために漁業が, 行われているので、そのためそこに遺体を投じるのは不適切と判断されたからである。この日, 同月二日この日、松平伊豆殿と彼の子息松平甲斐守, 三日今朝早く、通詞を筑後殿と権八殿の両殿の所へ、彼等の邸に暇乞いに行くことを許し, の正午前、市政官太田備中殿の用人が先のように感謝を伝え、宮廷に於いて我々が受けた厚遇, て松平出雲殿が彼等の用人を寄越し、受け取った贈物の礼を述べ、数枚の日本の絹の衣服を贈, そこにはマラッカ海峡を通過する以外の別の航路もあるのか、と聞きに人を寄越した。それに, 通常どのくらい速くバタフィアから長崎まで航海がされるのか、ゴアからマカオまではどうか、, を〔答えた〕。この日、残りの贈物をし、使節朽木民部殿を除いて誰からもそれを返されなか, った。このことには少し多く時間がかかった。最初は贈物を送り返され、懸命にもう一度それ, を受け取ってもらえるよう頼み、再度それを贈つたので、今日まで完了しなかったのである。, 対して彼に然るべく答え、さらにスンダ海峡とバリ海峡の名を挙げ、全部で三つの水路の状況, 衣服を贈った。夕刻に、使節筑後殿が, て欲しいが、都合は如何か、と願いに行かせた。閣下方は、わざわざそうする必要はない、, について祝福し、さらに数枚の日本の絹の, 牧野佐渡殿、安藤右京殿そし, ○「絹の」b, 本より補う, 輝綱, ○松平ヽ, 除き受納, 牧野親成, 用人来訪, 理由, 松平輝綱, 安藤重長, 水葬不可の, 松平信綱, 松平勝隆の, 朽木植綱を, 物を再度贈, 謝辞と進物, 問う, 高官等に進, 太田資宗の, 路について, 土葬, 使者来訪, ハタフィア, 長崎間の航, 来訪, 謝辞と進物, 井上の使者, る, 一六四五年二月江戸にて, 二六
割注
- ○「絹の」b
- 本より補う
- 輝綱
- ○松平ヽ
頭注
- 除き受納
- 牧野親成
- 用人来訪
- 理由
- 松平輝綱
- 安藤重長
- 水葬不可の
- 松平信綱
- 松平勝隆の
- 朽木植綱を
- 物を再度贈
- 謝辞と進物
- 問う
- 高官等に進
- 太田資宗の
- 路について
- 土葬
- 使者来訪
- ハタフィア
- 長崎間の航
- 来訪
- 井上の使者
- る
柱
- 一六四五年二月江戸にて
ノンブル
- 二六
注記 (47)
- 535,577,57,1818った。我々はまた、我々の贈物の残りを荷造りし、多少の品物を販売した。
- 1746,556,62,2311掘って埋葬した。当地の海の浅瀬、そこでは日々市中の住人たち及び皇帝自身のために漁業が
- 1645,567,59,2305行われているので、そのためそこに遺体を投じるのは不適切と判断されたからである。この日
- 738,621,57,1328同月二日この日、松平伊豆殿と彼の子息松平甲斐守
- 435,627,57,2246三日今朝早く、通詞を筑後殿と権八殿の両殿の所へ、彼等の邸に暇乞いに行くことを許し
- 1546,559,60,2309の正午前、市政官太田備中殿の用人が先のように感謝を伝え、宮廷に於いて我々が受けた厚遇
- 635,570,62,2304て松平出雲殿が彼等の用人を寄越し、受け取った贈物の礼を述べ、数枚の日本の絹の衣服を贈
- 1243,557,60,2310そこにはマラッカ海峡を通過する以外の別の航路もあるのか、と聞きに人を寄越した。それに
- 1343,560,62,2323通常どのくらい速くバタフィアから長崎まで航海がされるのか、ゴアからマカオまではどうか、
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- 941,560,59,2305った。このことには少し多く時間がかかった。最初は贈物を送り返され、懸命にもう一度それ
- 837,561,62,2284を受け取ってもらえるよう頼み、再度それを贈つたので、今日まで完了しなかったのである。
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- 1450,1880,55,944衣服を贈った。夕刻に、使節筑後殿が
- 334,570,58,2271て欲しいが、都合は如何か、と願いに行かせた。閣下方は、わざわざそうする必要はない、
- 1444,558,57,1044について祝福し、さらに数枚の日本の絹の
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