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らなかった。, なった。従って、皆で話し合い、通詞たちを知事たちの邸へ行かせ、我々の船は出発すること, 十六日習慣に従って貨幣を、なおいくらかの出発する友人たちの必需品とともに、船上に, を許されないのか、既に昨日の昼最初に船の出発を予定していたのにそれは過ぎてしまい、今, 十七日船の出発の許可は疑いなく得られると考えていたが、〔実際は〕全く連ったことに, 船に運ぶのにとても長く手間取り、そうでなければそれは正午のずっと前にすべて終わったで, の中国人の船が出発した。, 方で、ボンゴイたちが、故意に、恐らく知事の命令或いは少なくとも承知の上で、舵と彈丸を, 運んだ。直ちに船上へ赴いて友人たちに出発の許可を与えるべきだと考えたが、しかしその一, ない)のだが、我々オランダ人は、中国人が(彼等, かし、メールマン号はまだ、その舵と火薬と弾丸を船上に載せていない。この日正午頃、二隻, 詞たちから、出発するジヤンク船のためである、と知らされたので、その日は諦めなければな, あろうに、ほとんど夕刻までかかった。それで、この日は〔出発は〕できなくなった。後に通, 彼等通詞たちは我々, 良い天候と風であるが、出発を差し止めるさらなる命令が出されるのか、ということ、そして, シから感じとった(しかし我々からそう言えと命じられたわけでは, がそうしたということを通詞たち, ない)のだが、我々オランダ人は、中国人が(彼等た〓〓人がそうしたということを通詞たち, ○オラン, ダ人, en uyt ons gemerckt hadden (doch niet dat van ons gelast waren tot zulx)wij ons lieten voorstaen en mompelingt, 準備を引延, ばす, 引延ばしの, の影響の由, 出発延期, 蘭人は中国, 件を問う, 支那船出発, 人の策略と, 検使等出発, 奉行に出発, 解す, 支那船出帆, 一六四五年十月長崎にて, ○九
割注
- ○オラン
- ダ人
- en uyt ons gemerckt hadden (doch niet dat van ons gelast waren tot zulx)wij ons lieten voorstaen en mompelingt
頭注
- 準備を引延
- ばす
- 引延ばしの
- の影響の由
- 出発延期
- 蘭人は中国
- 件を問う
- 支那船出発
- 人の策略と
- 検使等出発
- 奉行に出発
- 解す
- 支那船出帆
柱
- 一六四五年十月長崎にて
ノンブル
- ○九
注記 (36)
- 1021,569,47,286らなかった。
- 804,566,62,2299なった。従って、皆で話し合い、通詞たちを知事たちの邸へ行かせ、我々の船は出発すること
- 1614,624,63,2241十六日習慣に従って貨幣を、なおいくらかの出発する友人たちの必需品とともに、船上に
- 705,562,61,2307を許されないのか、既に昨日の昼最初に船の出発を予定していたのにそれは過ぎてしまい、今
- 908,620,60,2243十七日船の出発の許可は疑いなく得られると考えていたが、〔実際は〕全く連ったことに
- 1312,565,62,2304船に運ぶのにとても長く手間取り、そうでなければそれは正午のずっと前にすべて終わったで
- 1726,572,53,615の中国人の船が出発した。
- 1411,569,63,2305方で、ボンゴイたちが、故意に、恐らく知事の命令或いは少なくとも承知の上で、舵と彈丸を
- 1513,572,65,2281運んだ。直ちに船上へ赴いて友人たちに出発の許可を与えるべきだと考えたが、しかしその一
- 406,563,56,1275ない)のだが、我々オランダ人は、中国人が(彼等
- 1819,548,60,2323かし、メールマン号はまだ、その舵と火薬と弾丸を船上に載せていない。この日正午頃、二隻
- 1110,565,60,2299詞たちから、出発するジヤンク船のためである、と知らされたので、その日は諦めなければな
- 1210,558,60,2313あろうに、ほとんど夕刻までかかった。それで、この日は〔出発は〕できなくなった。後に通
- 510,562,54,495彼等通詞たちは我々
- 607,562,58,2305良い天候と風であるが、出発を差し止めるさらなる命令が出されるのか、ということ、そして
- 504,1192,56,1668シから感じとった(しかし我々からそう言えと命じられたわけでは
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