『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.57

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しではないのに、なお通って行くことである。, りの〔規模の〕集落といくらかの手入れされた建物の立つ水路を通った。夕刻前に、牛窓から, 同月十二日風は時折かすかに、不確かになったが、しかし航路を順風に乗って帆走してい, るのは、そして多くの島々についても、これまでと同じであった。正午近く、牛窓というかな, 建てられた、驚くべき空間からなり、室から一三マイルに位置する。さらに美しい砂浜のそば, 〇マイルの室に到着し、そこで投錨し夜を過ごしたが、小さいものの非常に好位置にある湾, で、周囲には家々が建っていた。今日は、なお何度も〔ここに〕書き留めたより多くの村や町, 近くに沿って、正午まで〔進み〕、明石から五マイルの兵庫まで行って投錨した。そこ, ら大坂へ我々の到着を宿主に知らせるために使いを送り、そこに少し留まって、駱駝の船を待, 帆し、十時頃、明石と同所の城を通り過ぎた。そこは、非常に優美な、いくつもの塔が壮大に, り、大層強い複雑な潮流の中を〔縫って行く〕曲がりくねった危険な航路を、闇夜に、危険な, を通過したが、すべて心地よい場所で、感じのよい公園のように木々に覆われ、多くが寺社に, 〓同月十三日木曜日日の出の三時間程前、我々は錨を揚げて、多くのバルク船とともに出, 所有されている。, そして真夜中頃には備後ノ輛を過ぎた。そこで非常に驚いたのは、幾千の島々や暗礁が散らば, か, ○兵, 庫, 牛窓, 明石, 備後ノ鞆, 室, 大坂へ使者, 兵庫, 一六四六年十二月バルク船にて, 五七

割注

  • ○兵

頭注

  • 牛窓
  • 明石
  • 備後ノ鞆
  • 大坂へ使者
  • 兵庫

  • 一六四六年十二月バルク船にて

ノンブル

  • 五七

注記 (26)

  • 1605,590,51,1106しではないのに、なお通って行くことである。
  • 1295,581,58,2302りの〔規模の〕集落といくらかの手入れされた建物の立つ水路を通った。夕刻前に、牛窓から
  • 1501,636,57,2236同月十二日風は時折かすかに、不確かになったが、しかし航路を順風に乗って帆走してい
  • 1400,582,56,2304るのは、そして多くの島々についても、これまでと同じであった。正午近く、牛窓というかな
  • 570,583,56,2301建てられた、驚くべき空間からなり、室から一三マイルに位置する。さらに美しい砂浜のそば
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