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た。どこへ行くのかはまだ知られていない。南京であることは確かだとされてはいるが。しか, シナ・ジヤンク船に、停泊地でその航海のためにさらに準備をするため、その帆柱が立てられ, し、一隻の小型ジヤンク船〔の来航〕さえずっと全く報告されず、そのことはなおさら、中国, されており、そこで対馬の領主, 同日、先に彼等のジヤンク船を五島で失った人々によって、陸に揚げられていた一隻の小型, についての、常ならぬ考えを持たせ続けている。日本はこのように長く外国船の来航がない状, なことだがそのことをよく認識するであろう。神よ、タイオワンの人々を予想される中国人の, で上へ来ないようにとの命令を受けた、と聞いた。, 態の記憶がほとんどないであろうし、またマニラの人々も疑いなく同様に、彼等にとって悲惨, び戻って行った。, 殺到による災難から守りたまえ。〔中国人は〕今回は商品を豊富に伴い、それを中国人は、現, 同月九日風と天気は前と同じ。朝鮮に於いては, 金を得、各々が多くの面倒から免れるために、最も条件の良い場所で手放そうとすることは疑, は皇帝によって、これについて正確な確証を得るま, 同月八日風と天気は前と同じ。小倉の貴族が、知事三郎左衛門殿の名に於いて、三人の通, 〓詞とともに、オランダ人の見物に現れた。彼は可能な限り満足させられ、感謝の挨拶をして再, ○「に於いては, ○対馬府中藩, 主、宗義成, b本inによる、, (tarters), タルタリア人の進軍が懸念, 命令, の中国人別, 難破福州船, の懸念, の支那船で, 将軍対馬藩, 出帆準備, 人朝鮮侵攻, 主に在国を, への中国人, タルタリア, タイオワン, 殺到の予測, 小倉藩士蘭, 人見物に来, 六四七年五月長崎にて, 六七
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- ○「に於いては
- ○対馬府中藩
- 主、宗義成
- b本inによる、
- (tarters)
- タルタリア人の進軍が懸念
頭注
- 命令
- の中国人別
- 難破福州船
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- の支那船で
- 将軍対馬藩
- 出帆準備
- 人朝鮮侵攻
- 主に在国を
- への中国人
- タルタリア
- タイオワン
- 殺到の予測
- 小倉藩士蘭
- 人見物に来
柱
- 六四七年五月長崎にて
ノンブル
- 六七
注記 (39)
- 999,601,60,2293た。どこへ行くのかはまだ知られていない。南京であることは確かだとされてはいるが。しか
- 1103,603,59,2294シナ・ジヤンク船に、停泊地でその航海のためにさらに準備をするため、その帆柱が立てられ
- 894,605,59,2295し、一隻の小型ジヤンク船〔の来航〕さえずっと全く報告されず、そのことはなおさら、中国
- 1417,605,56,763されており、そこで対馬の領主
- 1208,648,60,2250同日、先に彼等のジヤンク船を五島で失った人々によって、陸に揚げられていた一隻の小型
- 793,601,57,2297についての、常ならぬ考えを持たせ続けている。日本はこのように長く外国船の来航がない状
- 589,602,56,2296なことだがそのことをよく認識するであろう。神よ、タイオワンの人々を予想される中国人の
- 1313,604,54,1218で上へ来ないようにとの命令を受けた、と聞いた。
- 689,594,59,2303態の記憶がほとんどないであろうし、またマニラの人々も疑いなく同様に、彼等にとって悲惨
- 1623,603,50,392び戻って行った。
- 486,600,57,2303殺到による災難から守りたまえ。〔中国人は〕今回は商品を豊富に伴い、それを中国人は、現
- 1520,651,55,1205同月九日風と天気は前と同じ。朝鮮に於いては
- 385,600,58,2306金を得、各々が多くの面倒から免れるために、最も条件の良い場所で手放そうとすることは疑
- 1422,1633,52,1263は皇帝によって、これについて正確な確証を得るま
- 1829,613,57,2282同月八日風と天気は前と同じ。小倉の貴族が、知事三郎左衛門殿の名に於いて、三人の通
- 1709,539,79,2363〓詞とともに、オランダ人の見物に現れた。彼は可能な限り満足させられ、感謝の挨拶をして再
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