Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
手紙類を携えて既に沖へ行っていたが、しかし知事にさらに一乃至二人のオランダ人をそちら, へ行かせるよう願わせ、それに対して我々に同意が与えられ、さらに手が尽くされた。, 彼の地から到着するのを待たなければならない。〔神が〕他の〔各船〕もさらに到着するよう, 船の近辺で発砲しないよう, 知事の指示によって、船は湾の入口と当地の停泊地では〔よいが〕、航路の間やポルトガル, ない、と述べた書翰を落手した。そこで、前述のように、さらに第三のフライト船、, デン, もに、当地を目指してシヤムを出発したこと、である。同船で、商館長ヨアン・ファン・マイ, り、常にない船荷を手に入れた一方、米は非常に高価で、入手が困難であるか或いは全くでき, の辺りを航行して、来ていること、〔両船は〕七月二日に、ヨンケル号(同船は同月二十五日, 同月八日朝、さらに一艘の伝道船が送られ、その後程なく、下級商務員ヨハン・デ・フロ, コーチ・シナ沿岸のボックスホーレンの辺りで悪天候によって行方がわからなくなった)とと, からさらなる知らせを得, の、同地では今もすべてが良い状況にあ, た。すなわち、フライト船ベルクハウト号が〔湾の〕入口のすぐ近くに、カムペン号は伊王島, ートとブーシェリヨン, さらなる命令〔が出された〕, が、, ○「しないよう」, 下級商務員、一六四六年から一六五〇年までシヤム商館長, ○ヨアン或いはヤン・ファン・マイデンjoan/jan van muyden, ○ヨハネス・ブーシェリヨンjohannes bouchelion。一六四〇年代に商務助手として来日以, b本より補う。, 来、一六五〇年代まで日本に勤務し、一六五五年に上級商務員に昇進した。一六五五年か, ら五六年、一六五七年から五八年、一六五九年から六〇年の三回にわたつて日本商館長, ○ヨンケ, を勤め、一六六一年に帰国した。履歴の詳細については本書訳文編之七、九三頁参看。, ル号, (tentjen), シヤム商館, 再度命令, 力ムペン号, 発砲に関し, と離散, の書翰落手, ヨンケル号, ト号, 長マイデン, ベルクハウ, 一六四七年八月長崎にて, 二〇七
割注
- ○「しないよう」
- 下級商務員、一六四六年から一六五〇年までシヤム商館長
- ○ヨアン或いはヤン・ファン・マイデンjoan/jan van muyden
- ○ヨハネス・ブーシェリヨンjohannes bouchelion。一六四〇年代に商務助手として来日以
- b本より補う。
- 来、一六五〇年代まで日本に勤務し、一六五五年に上級商務員に昇進した。一六五五年か
- ら五六年、一六五七年から五八年、一六五九年から六〇年の三回にわたつて日本商館長
- ○ヨンケ
- を勤め、一六六一年に帰国した。履歴の詳細については本書訳文編之七、九三頁参看。
- ル号
- (tentjen)
頭注
- シヤム商館
- 再度命令
- 力ムペン号
- 発砲に関し
- と離散
- の書翰落手
- ヨンケル号
- ト号
- 長マイデン
- ベルクハウ
柱
- 一六四七年八月長崎にて
ノンブル
- 二〇七
注記 (41)
- 1845,575,59,2295手紙類を携えて既に沖へ行っていたが、しかし知事にさらに一乃至二人のオランダ人をそちら
- 1742,588,61,2088へ行かせるよう願わせ、それに対して我々に同意が与えられ、さらに手が尽くされた。
- 400,578,60,2296彼の地から到着するのを待たなければならない。〔神が〕他の〔各船〕もさらに到着するよう
- 1530,575,59,657船の近辺で発砲しないよう
- 1636,632,64,2234知事の指示によって、船は湾の入口と当地の停泊地では〔よいが〕、航路の間やポルトガル
- 502,581,60,2052ない、と述べた書翰を落手した。そこで、前述のように、さらに第三のフライト船、
- 703,576,64,105デン
- 811,573,60,2306もに、当地を目指してシヤムを出発したこと、である。同船で、商館長ヨアン・ファン・マイ
- 607,578,60,2299り、常にない船荷を手に入れた一方、米は非常に高価で、入手が困難であるか或いは全くでき
- 1013,581,63,2299の辺りを航行して、来ていること、〔両船は〕七月二日に、ヨンケル号(同船は同月二十五日
- 1427,625,60,2244同月八日朝、さらに一艘の伝道船が送られ、その後程なく、下級商務員ヨハン・デ・フロ
- 914,590,57,2285コーチ・シナ沿岸のボックスホーレンの辺りで悪天候によって行方がわからなくなった)とと
- 1230,2271,53,602からさらなる知らせを得
- 716,1895,54,981の、同地では今もすべてが良い状況にあ
- 1118,560,65,2317た。すなわち、フライト船ベルクハウト号が〔湾の〕入口のすぐ近くに、カムペン号は伊王島
- 1324,572,54,565ートとブーシェリヨン
- 1538,1576,54,695さらなる命令〔が出された〕
- 513,2809,55,56が、
- 1562,1237,43,310○「しないよう」
- 691,691,48,1115下級商務員、一六四六年から一六五〇年までシヤム商館長
- 736,690,46,1191○ヨアン或いはヤン・ファン・マイデンjoan/jan van muyden
- 1354,1154,48,1726○ヨハネス・ブーシェリヨンjohannes bouchelion。一六四〇年代に商務助手として来日以
- 1519,1235,40,261b本より補う。
- 1308,1149,50,1720来、一六五〇年代まで日本に勤務し、一六五五年に上級商務員に昇進した。一六五五年か
- 1247,573,47,1678ら五六年、一六五七年から五八年、一六五九年から六〇年の三回にわたつて日本商館長
- 540,2627,38,170○ヨンケ
- 1202,575,50,1672を勤め、一六六一年に帰国した。履歴の詳細については本書訳文編之七、九三頁参看。
- 497,2632,39,86ル号
- 1486,1352,35,130(tentjen)
- 820,318,41,207シヤム商館
- 1599,311,38,166再度命令
- 1021,314,39,206力ムペン号
- 1646,310,43,208発砲に関し
- 914,314,41,122と離散
- 724,318,41,205の書翰落手
- 963,318,37,204ヨンケル号
- 1081,313,37,78ト号
- 774,314,40,203長マイデン
- 1124,318,44,196ベルクハウ
- 306,814,44,495一六四七年八月長崎にて
- 316,2540,43,119二〇七
類似アイテム

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.134

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.351

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.355

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.130

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.232

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 25 訳10 1646年09月-1647年09月 p.243

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.171

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.354