Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
いて神に感謝すべきである。, ところ〕、首席の市長が病気であり、言わないが知事がそれに関わっており、それゆえ価格は、, 本日、町長と通詞たちに、銅の価格について、時が過ぎて行くので再び催促するなどし〔た, ーラの紅木、肉桂、いくらかの鹿皮等の積荷でタイオワンを出発した〔由〕。同船の到着につ, 節筑後殿が両知事とともに現れ、錨を揚げさせ、帆走させた。しかし、凪であまりよく進まな, は〕今月十七日に悪天候に遭い、今は通常でない姿であり、前檣を失い、なおかなりの損傷を, 遣して欲しい、と願っていることがわかった。〔同船は〕今月二日に、白檀、明礬、カリトウ, へ曳航され得るように、彼等の所へ何隻かの小型バルク船を, によって派遣された一, 目撃のて再び帰った。夕刻に、町長によって、それを知事から聞いたのだが、一隻のオランダ船が近, 被っているので、こちらの方, れたので、コイエット閣下とブルックホルスト氏とともに船上へ行った。そこで、少しして使, 人の者が一通の手紙を携え(さらに五人の水夫も〔ともに〕)現れた。それによって、〔同船, 付いている、と知らされた。それから、その少し後に、樺島のそばにいるフライト船ヒルレハ, ールスベルフ号から商務員バイレフェルト, 〓かった。それでも前述の殿たちは、その場の状況に応じてなにがしか歓待され、かなり満足し, ○湾, 六四六、一六四七年に上級商務員として日本に来着、トンキン貿易に従事した。一六四, ○ウィレム・バイレフェルトwillem bijlevelto一六四三年ブレ, スケンス号の乗員として南部山田浦で捕縛され、翌年釈放された。, 九年にはブレスケンス号事件の謝恩使節随員として江戸へ赴き、十箇月余り滞在した, 内, 赴き帆走を, 蘭船目撃の, 試みる, 銅の価格決, 同船の積荷, 同船大破, 定の延引, 号よりの使, 紅木, 明〓, 白檀, 鹿皮, ルスベルフ, 者, ヒルレハー, 肉桂, 報, 両奉行とプ, リンス号に, 大目付井十, 試みる, 蘭船目撃, 赴き帆走を, 一六四七年九月長崎にて, 一四五
割注
- ○湾
- 六四六、一六四七年に上級商務員として日本に来着、トンキン貿易に従事した。一六四
- ○ウィレム・バイレフェルトwillem bijlevelto一六四三年ブレ
- スケンス号の乗員として南部山田浦で捕縛され、翌年釈放された。
- 九年にはブレスケンス号事件の謝恩使節随員として江戸へ赴き、十箇月余り滞在した
- 内
- 赴き帆走を
- 蘭船目撃の
- 試みる
頭注
- 銅の価格決
- 同船の積荷
- 同船大破
- 定の延引
- 号よりの使
- 紅木
- 明〓
- 白檀
- 鹿皮
- ルスベルフ
- 者
- ヒルレハー
- 肉桂
- 報
- 両奉行とプ
- リンス号に
- 大目付井十
- 試みる
- 蘭船目撃
- 赴き帆走を
柱
- 一六四七年九月長崎にて
ノンブル
- 一四五
注記 (47)
- 596,605,52,660いて神に感謝すべきである。
- 391,600,59,2280ところ〕、首席の市長が病気であり、言わないが知事がそれに関わっており、それゆえ価格は、
- 494,648,56,2241本日、町長と通詞たちに、銅の価格について、時が過ぎて行くので再び催促するなどし〔た
- 700,599,59,2287ーラの紅木、肉桂、いくらかの鹿皮等の積荷でタイオワンを出発した〔由〕。同船の到着につ
- 1729,583,58,2305節筑後殿が両知事とともに現れ、錨を揚げさせ、帆走させた。しかし、凪であまりよく進まな
- 1012,597,59,2297は〕今月十七日に悪天候に遭い、今は通常でない姿であり、前檣を失い、なおかなりの損傷を
- 805,589,58,2301遣して欲しい、と願っていることがわかった。〔同船は〕今月二日に、白檀、明礬、カリトウ
- 910,1428,57,1465へ曳航され得るように、彼等の所へ何隻かの小型バルク船を
- 1224,2334,51,536によって派遣された一
- 1524,399,58,2493目撃のて再び帰った。夕刻に、町長によって、それを知事から聞いたのだが、一隻のオランダ船が近
- 908,591,55,714被っているので、こちらの方
- 1832,587,59,2303れたので、コイエット閣下とブルックホルスト氏とともに船上へ行った。そこで、少しして使
- 1115,583,58,2312人の者が一通の手紙を携え(さらに五人の水夫も〔ともに〕)現れた。それによって、〔同船
- 1422,590,57,2297付いている、と知らされた。それから、その少し後に、樺島のそばにいるフライト船ヒルレハ
- 1319,597,57,1045ールスベルフ号から商務員バイレフェルト
- 1602,504,95,2381〓かった。それでも前述の殿たちは、その場の状況に応じてなにがしか歓待され、かなり満足し
- 938,1320,39,80○湾
- 1244,634,47,1664六四六、一六四七年に上級商務員として日本に来着、トンキン貿易に従事した。一六四
- 1354,1645,41,1245○ウィレム・バイレフェルトwillem bijlevelto一六四三年ブレ
- 1308,1651,43,1253スケンス号の乗員として南部山田浦で捕縛され、翌年釈放された。
- 1200,583,47,1653九年にはブレスケンス号事件の謝恩使節随員として江戸へ赴き、十箇月余り滞在した
- 896,1320,38,42内
- 1699,324,41,208赴き帆走を
- 1533,327,39,196蘭船目撃の
- 1653,325,38,124試みる
- 436,327,42,212銅の価格決
- 917,327,42,212同船の積荷
- 1126,327,39,166同船大破
- 390,328,40,167定の延引
- 1338,329,41,207号よりの使
- 719,330,38,79紅木
- 764,329,38,80明〓
- 813,330,39,80白檀
- 623,330,36,78鹿皮
- 1386,332,40,201ルスベルフ
- 1290,327,36,37者
- 1434,332,36,202ヒルレハー
- 669,329,42,81肉桂
- 1485,328,41,38報
- 1796,324,40,206両奉行とプ
- 1748,326,38,203リンス号に
- 1843,326,39,207大目付井十
- 1653,325,38,123試みる
- 1533,327,38,195蘭船目撃
- 1699,324,41,208赴き帆走を
- 300,829,42,493一六四七年九月長崎にて
- 306,2575,42,97一四五
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.129

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.355

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.208

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.171

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.787

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 20 訳8上1643年09月-1644年06月 p.190

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.727

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.167