『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.22

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て彼の言が貴下のものと相違していないと認められ、新たな問題が回避され得るために、これ, 彼等に感謝し、それをどうか維持してくださるよう願った。これをもって再び宿所へ戻った。, かな言葉で、ポルトガル人は、この国と我々との貿易の敵であるのに、我々の損害になる程信, 用を得ている、と私の嘆きを述べた。さらに、彼等の誠実な援助と我々に対する厚意に対して, とって最良になるように私の力の限りを尽くし、陛下に口頭で多くの事柄について良く説明し, これに対して、ただ、陛下の命令を遵守する、とだけで、多くを答えることは許されず、僅, 話で、そのことは当地で中国人たちによって噂され、従って皇帝も耳にしている。しかし、そ, フィアリヨに関しては、同人が当地への使節に任命されていたであろうことは充分あり得る, について充分に協議するように、と。, さえもしたのだが。従って貴下はできるだけ迅速に出発し、次期のカピテンと、この件につい, は、本人の言によれば、ポルトガルにいる国王からその〔大使, にとってこのことはこれ以上我慢できないからである。私, によって充分, れについての真実は、今や、大使ゴンサロ・シケイラ・デ・ソウザ(, に明らかになった。同人, はこれについてオランダ人に, 六四七年に大使として日本に到着した。本書訳文編之十、一六四七年七月二十六日条以降参看, れ、操舵手他数名のオランダの人員を借りてマカオへ向かった。一度ゴアへ戻った後、最終的には, ○ゴンサロ・デ・シケイラ・デ, ソウザgoncalo de siqueira de, 大候と逆風によってバタフィアへ入港を余儀なくされた同船は、一六四五年一月まで同地に抑留された後、解放さ, a一六四八?)。一六四四年にポルトガル国王の大使としてサント・アンドレ号でリスボンを出発した。無, ○ソウ, sousa, を返答, 承知と悲嘆, し新商館長, と協議せよ, 迅速に帰還, 商館長の見, 解, 一六四八年一月江戸にて, 二二

割注

  • 六四七年に大使として日本に到着した。本書訳文編之十、一六四七年七月二十六日条以降参看
  • れ、操舵手他数名のオランダの人員を借りてマカオへ向かった。一度ゴアへ戻った後、最終的には
  • ○ゴンサロ・デ・シケイラ・デ
  • ソウザgoncalo de siqueira de
  • 大候と逆風によってバタフィアへ入港を余儀なくされた同船は、一六四五年一月まで同地に抑留された後、解放さ
  • a一六四八?)。一六四四年にポルトガル国王の大使としてサント・アンドレ号でリスボンを出発した。無
  • ○ソウ
  • sousa

頭注

  • を返答
  • 承知と悲嘆
  • し新商館長
  • と協議せよ
  • 迅速に帰還
  • 商館長の見

  • 一六四八年一月江戸にて

ノンブル

  • 二二

注記 (33)

  • 1091,423,46,1740て彼の言が貴下のものと相違していないと認められ、新たな問題が回避され得るために、これ
  • 706,420,48,1720彼等に感謝し、それをどうか維持してくださるよう願った。これをもって再び宿所へ戻った。
  • 858,423,48,1743かな言葉で、ポルトガル人は、この国と我々との貿易の敵であるのに、我々の損害になる程信
  • 783,422,46,1740用を得ている、と私の嘆きを述べた。さらに、彼等の誠実な援助と我々に対する厚意に対して
  • 1245,424,46,1739とって最良になるように私の力の限りを尽くし、陛下に口頭で多くの事柄について良く説明し
  • 936,457,48,1707これに対して、ただ、陛下の命令を遵守する、とだけで、多くを答えることは許されず、僅
  • 553,423,45,1740話で、そのことは当地で中国人たちによって噂され、従って皇帝も耳にしている。しかし、そ
  • 628,451,47,1710フィアリヨに関しては、同人が当地への使節に任命されていたであろうことは充分あり得る
  • 1021,424,39,678について充分に協議するように、と。
  • 1168,422,46,1743さえもしたのだが。従って貴下はできるだけ迅速に出発し、次期のカピテンと、この件につい
  • 242,973,49,1187は、本人の言によれば、ポルトガルにいる国王からその〔大使
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