『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.181

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

六月朔日何もなし。, という意見だった。, 手に入れる許可を得られるだろう、そうすればすべてが秩序だって計量され梱包されるだろう、, でいるが)それとまずまず一致していることがわかった。彼は、一番船が到着したら〔銅を〕, 〔一六四九年六月〕, 二日この商館の勝手方が来て、二人の家主が仲間内から選ばれて彼の部屋へ来て、彼, 行して日光に前の皇帝たちの墓へと旅立ち、そして陛下から小さいが非常に彼の栄誉となる贈, かったからである。しかしながら〔私は〕重ねてそれを願い出ることを決定した。, 三十一日博多〔の領主〕と有馬の領主、我々の知事権八殿が、江戸を出立し、この地方に, 物を与えられた〔由〕。そして我々の乙名九郎左衛門殿は、石材を検分する許可を知事に願い, 二十八、二十九、三十日何もなし。, 〓出たが、知事がそれに異を唱えたので許可を得られなかった、と報告した。江戸では許可がな, 向けて旅立ったと聞いた。筑後様は恐らく今年は下〓〓に来ないであろう。〔彼は〕世子に随, に来ないであろう。〔彼は〕世子に随, り同年五月二十一日に及ぶ, ○慶安二年四月二十一日に始ま, ○九, 知ら廿, 家主二名来, 江戸からの, に来ず, 館, 石切場視察, 井上は九州, の許可得ら, れず, 一六四九年六月長崎にて, 一八二

割注

  • り同年五月二十一日に及ぶ
  • ○慶安二年四月二十一日に始ま
  • ○九

頭注

  • 知ら廿
  • 家主二名来
  • 江戸からの
  • に来ず
  • 石切場視察
  • 井上は九州
  • の許可得ら
  • れず

  • 一六四九年六月長崎にて

ノンブル

  • 一八二

注記 (28)

  • 296,469,38,386六月朔日何もなし。
  • 1141,426,38,345という意見だった。
  • 1215,425,42,1762手に入れる許可を得られるだろう、そうすればすべてが秩序だって計量され梱包されるだろう、
  • 1291,428,44,1719でいるが)それとまずまず一致していることがわかった。彼は、一番船が到着したら〔銅を〕
  • 405,471,48,387〔一六四九年六月〕
  • 214,474,42,1692二日この商館の勝手方が来て、二人の家主が仲間内から選ばれて彼の部屋へ来て、彼
  • 829,425,43,1740行して日光に前の皇帝たちの墓へと旅立ち、そして陛下から小さいが非常に彼の栄誉となる贈
  • 602,428,40,1508かったからである。しかしながら〔私は〕重ねてそれを願い出ることを決定した。
  • 985,438,41,1730三十一日博多〔の領主〕と有馬の領主、我々の知事権八殿が、江戸を出立し、この地方に
  • 753,387,42,1773物を与えられた〔由〕。そして我々の乙名九郎左衛門殿は、石材を検分する許可を知事に願い
  • 1062,470,39,675二十八、二十九、三十日何もなし。
  • 666,368,66,1796〓出たが、知事がそれに異を唱えたので許可を得られなかった、と報告した。江戸では許可がな
  • 903,405,53,1767向けて旅立ったと聞いた。筑後様は恐らく今年は下〓〓に来ないであろう。〔彼は〕世子に随
  • 907,1477,41,693に来ないであろう。〔彼は〕世子に随
  • 397,891,31,406り同年五月二十一日に及ぶ
  • 430,894,31,460○慶安二年四月二十一日に始ま
  • 932,1405,30,61○九
  • 962,224,28,92知ら廿
  • 254,224,30,164家主二名来
  • 995,224,31,161江戸からの
  • 883,225,32,93に来ず
  • 219,224,31,30
  • 763,225,32,162石切場視察
  • 917,222,32,164井上は九州
  • 728,227,31,157の許可得ら
  • 694,225,29,61れず
  • 1369,603,31,381一六四九年六月長崎にて
  • 1363,1911,38,96一八二

類似アイテム