『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.121

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ンク船は正當な捕獲物であると思うが、その理由は、彼等が皇帝の渡航許可證をもっていなか, かも許されなかったが、それのみならず、彼は、彼等が彼に贈った贈物を何ひとつ受取ること, を許そうとしなかったからである。さらにまた彼は、自分はオランダ人が捕獲したこのジャ, ところでは)、スペイン人たちとポルトガル人たちとは皇帝の面前に出ることを拒否され、し, のところへ使を寄越して彼と話しをしに來るように招いた。私はキャプテン・コペンドールを, に、彼自身の書いたコズキン殿とサフィアン殿への紹介状を與えた。その理由は(彼の言った, 次のことを書き留めておくことを忘れることができない。すなわち、ホゼアンダー號の船主ハ, ところへ送られて、今返されて來たもので、重さは五五〇匁ある。またトノ樣すなわち王は私, また、ウィッカム君は上等の黒の琥珀織一反を受取ったが、これは私が二九匁拂って入手し, ント君は事務長のロランド・トマスと不和となり、そこで互いに〓み合いになった。私は彼等, てあったものである。またチャイナ・キャプテンのアンドレア・ディティスは大判金>, 伴なって、そこへ出向いた。彼○王。は私に、ションゴ樣は彼が出立する以前に江戸へ去った, 一枚を持ち歸って來たが、それは以前或る洗禮の子, が、老皇帝はその時より以前にシュロンゴへ出發したと思う、と語った。そこで彼〇王。は私, に與えようと彼の弟の, ったからであり、從って、彼部。〓は本件に干渉したいとは思っていないのだ、と語った。私は, 日の條參照。, ○名附け子。六月, 兩に當, )倍で一〇, 小判の, の大判を返, 蘭船の捕獲, 贈れる祝儀, せるポルト, 其の會話, 却す, コックス船, スの華宇に, さる, ガル船は朱, 印状を所持, 船主ハント, 東下す, 西葡兩國人, 〓見を拒絶, 長と共に松, は秀忠より, と事務長ロ, ランド・ト, マスと爭ふ, 浦隆信を訪, 李旦コック, 問す, せず, 家康秀忠京, 都を去って, 一六一五年九月, 一二一

割注

  • 日の條參照。
  • ○名附け子。六月
  • 兩に當
  • )倍で一〇
  • 小判の

頭注

  • の大判を返
  • 蘭船の捕獲
  • 贈れる祝儀
  • せるポルト
  • 其の會話
  • 却す
  • コックス船
  • スの華宇に
  • さる
  • ガル船は朱
  • 印状を所持
  • 船主ハント
  • 東下す
  • 西葡兩國人
  • 〓見を拒絶
  • 長と共に松
  • は秀忠より
  • と事務長ロ
  • ランド・ト
  • マスと爭ふ
  • 浦隆信を訪
  • 李旦コック
  • 問す
  • せず
  • 家康秀忠京
  • 都を去って

  • 一六一五年九月

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  • 一二一

注記 (49)

  • 641,633,59,2259ンク船は正當な捕獲物であると思うが、その理由は、彼等が皇帝の渡航許可證をもっていなか
  • 856,630,61,2263かも許されなかったが、それのみならず、彼は、彼等が彼に贈った贈物を何ひとつ受取ること
  • 745,627,60,2262を許そうとしなかったからである。さらにまた彼は、自分はオランダ人が捕獲したこのジャ
  • 962,624,60,2266ところでは)、スペイン人たちとポルトガル人たちとは皇帝の面前に出ることを拒否され、し
  • 1384,626,58,2266のところへ使を寄越して彼と話しをしに來るように招いた。私はキャプテン・コペンドールを
  • 1068,627,59,2268に、彼自身の書いたコズキン殿とサフィアン殿への紹介状を與えた。その理由は(彼の言った
  • 432,634,60,2247次のことを書き留めておくことを忘れることができない。すなわち、ホゼアンダー號の船主ハ
  • 1488,614,60,2279ところへ送られて、今返されて來たもので、重さは五五〇匁ある。またトノ樣すなわち王は私
  • 1801,669,60,2213また、ウィッカム君は上等の黒の琥珀織一反を受取ったが、これは私が二九匁拂って入手し
  • 327,640,59,2256ント君は事務長のロランド・トマスと不和となり、そこで互いに〓み合いになった。私は彼等
  • 1696,617,63,2076てあったものである。またチャイナ・キャプテンのアンドレア・ディティスは大判金>
  • 1277,616,75,2278伴なって、そこへ出向いた。彼○王。は私に、ションゴ樣は彼が出立する以前に江戸へ去った
  • 1592,769,59,1250一枚を持ち歸って來たが、それは以前或る洗禮の子
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