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から〕借りていた半分が大坂で燒けてしまったためである。, た。私はオイェン殿に平戸の王の黄金の代金六貫八〇○匁の請求書を渡し、また彼は私に、以, 近く幾分雨を伴ない、ちぎれ雲が西に見えた。, また、その後間もなく私はイートン君から、大坂發、先月二十日附の手紙一通を受取った, ハウに手紙を一通送り、また彼にオランダ産のチーズ一箇、サラダ油一壜、胡桃一袋を送っ, 渡すための一三〇匁二分の一包みとが添えてあった。すなわち、私は丁銀一〇貫目と一三〇匁, 前それで賣られた商品代三〇貫目とは別に前からの勘定で平戸の王の借りとなっている丁銀三, 二分を上記の通り受領したわけであるが、その手紙のなかで、イートン君は私に、サダ殿が死去, チャイナ・キャプテン・アンドレア・ディティスが長崎へ赴いたが、私は彼の弟キャプテン・, が、それには、丁銀一〇○貫目と、さきにキャプテン・コペンドールに同行した日本人ジョンに, 五〇○軒以上が燒け落ちて、なお火は消えていないことを知らせて來た。また、ホゼアンダー號, また大坂では彼がその手紙を書いているとき火事が起り、, はオスターウィック君に渡した。また私はイートン君に手紙を一通書き、一〇ないし一五本の, したこと, 貫五〇○匁についての彼〓, ェの自筆の預り證文を渡した。この三貫五〇○匁の預り證文を私, を買い、殘りはシシェロ板で入手するよう命じた。それは、我々の宿主〓, か〔我々, カキ, 譜は元和二年六月七日とする。, ○本多佐渡守正信の忌日を寛政ヽ, ○天野屋安, オイエ, (cakis), 殿。, 左衞門, 材。, 充せしむ, 去の噂, 本多正信死, 大炊と松浦, を報ず, 向ふ, コックス華, し且つ近況, 氏の取引に, イートン大, ししろ板, 坂より送金, 大坂に在る, 李旦長崎に, あり延燒中, 宇に物を贈, 大坂に火災, 就き證文を, イートンを, 交す, して燒失せ, る材木を補, 充せしむ, る, 一六一六年三月, 三一一, 一六一六年三月
割注
- 譜は元和二年六月七日とする。
- ○本多佐渡守正信の忌日を寛政ヽ
- ○天野屋安
- オイエ
- (cakis)
- 殿。
- 左衞門
- 材。
- 充せしむ
頭注
- 去の噂
- 本多正信死
- 大炊と松浦
- を報ず
- 向ふ
- コックス華
- し且つ近況
- 氏の取引に
- イートン大
- ししろ板
- 坂より送金
- 大坂に在る
- 李旦長崎に
- あり延燒中
- 宇に物を贈
- 大坂に火災
- 就き證文を
- イートンを
- 交す
- して燒失せ
- る材木を補
- 充せしむ
- る
柱
- 一六一六年三月
ノンブル
- 三一一
- 一六一六年三月
注記 (54)
- 958,620,58,1407から〕借りていた半分が大坂で燒けてしまったためである。
- 1480,613,62,2280た。私はオイェン殿に平戸の王の黄金の代金六貫八〇○匁の請求書を渡し、また彼は私に、以
- 1791,607,58,1103近く幾分雨を伴ない、ちぎれ雲が西に見えた。
- 856,660,60,2235また、その後間もなく私はイートン君から、大坂發、先月二十日附の手紙一通を受取った
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- 644,611,63,2286渡すための一三〇匁二分の一包みとが添えてあった。すなわち、私は丁銀一〇貫目と一三〇匁
- 1375,610,60,2278前それで賣られた商品代三〇貫目とは別に前からの勘定で平戸の王の借りとなっている丁銀三
- 538,619,64,2278二分を上記の通り受領したわけであるが、その手紙のなかで、イートン君は私に、サダ殿が死去
- 1689,661,59,2225チャイナ・キャプテン・アンドレア・ディティスが長崎へ赴いたが、私は彼の弟キャプテン・
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