Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
をバルク船一艘で受取った。, って滯留している由であるが、彼等はフィデイア樣を搜すためリケアへ向かって行くつもりだ, た。, かし我々によってはフェルモサ嶋と呼ばれている嶋を攻略するため兵士たちを乘せたバルク船, 風が出て、日中の大部分に亘って續いた。そしてその後の夜分は再び靜穩で、〓い天氣であっ, 一三艘を率いて海路出發した, 挨拶だけの手紙であった。また我々はクシクロン殿からバルク船一艘に積んだ石を受取った。, 我々はクシクロン殿からバルク船一艘に積んだ石を受取った。また我々は昨日九五○枚の瓦, と呼ばれているがし, と考えられている。, そして、噂によれば、彼は今五嶋におり、ミアコから來る筈のもっと多くの援軍を待, 大工三八人と人夫三三人。, 今朝は快晴で靜穩な天氣で、〓苦しかったが、しかし後には幾分北西の強, 〓五日, 五日, と見える。, 〓眩を〓く書く」と朝鮮人通譯ミゲル。とが、イエズス會十士たちに仕えている日本人使用人をひとり, 長崎のトゥアン殿の息子, 長崎のトゥアン殿、の息子次対。〓が、彼等によってはタッカサンゲ〓, 我々の新しい玄關番ピーター〓〓刈〓所仇州か〓ギ状に、一彼は〓人が、a語を話六二〓月〓大出か日, 曜日」とある。, ○〓外註に「日, 一三隻の船隊が舊暦五月五日、わが元和二年三月三十日長崎を出發したが、目的, 高山國, を達しな。, ○長崎代官村山等安は高砂國向け異國渡海朱印状を得て、次男秋安を隊長とする, ○高砂、, かった、, タヿックスのウィッカム宛の書状に「彼はポルトガル語を話し、ゴレザノよりも口, 珈々の新じ〓玄劑〓。ピーター〓三月二〓仇州の條に見る。ドnを洞一人で、〓六〓六年三月三十日附のフ, ( the sonne of tuan dono), め長崎を出, 砂攻略の爲, 帆して五嶋, 村山秋安高, に在り, ロと朝鮮人, 玄關番ペド, 通譯ミゲル, 日本人イエ, 一六一六年五月, 三六四
割注
- 曜日」とある。
- ○〓外註に「日
- 一三隻の船隊が舊暦五月五日、わが元和二年三月三十日長崎を出發したが、目的
- 高山國
- を達しな。
- ○長崎代官村山等安は高砂國向け異國渡海朱印状を得て、次男秋安を隊長とする
- ○高砂、
- かった、
- タヿックスのウィッカム宛の書状に「彼はポルトガル語を話し、ゴレザノよりも口
- 珈々の新じ〓玄劑〓。ピーター〓三月二〓仇州の條に見る。ドnを洞一人で、〓六〓六年三月三十日附のフ
- ( the sonne of tuan dono)
頭注
- め長崎を出
- 砂攻略の爲
- 帆して五嶋
- 村山秋安高
- に在り
- ロと朝鮮人
- 玄關番ペド
- 通譯ミゲル
- 日本人イエ
柱
- 一六一六年五月
ノンブル
- 三六四
注記 (42)
- 1157,625,54,664をバルク船一艘で受取った。
- 634,633,57,2268って滯留している由であるが、彼等はフィデイア樣を搜すためリケアへ向かって行くつもりだ
- 1477,625,47,69た。
- 945,627,57,2275かし我々によってはフェルモサ嶋と呼ばれている嶋を攻略するため兵士たちを乘せたバルク船
- 1578,624,55,2265風が出て、日中の大部分に亘って續いた。そしてその後の夜分は再び靜穩で、〓い天氣であっ
- 842,639,63,705一三艘を率いて海路出發した
- 1784,628,56,2248挨拶だけの手紙であった。また我々はクシクロン殿からバルク船一艘に積んだ石を受取った。
- 1258,673,57,2226我々はクシクロン殿からバルク船一艘に積んだ石を受取った。また我々は昨日九五○枚の瓦
- 1053,2396,51,500と呼ばれているがし
- 533,624,52,441と考えられている。
- 737,849,57,2049そして、噂によれば、彼は今五嶋におり、ミアコから來る筈のもっと多くの援軍を待
- 1366,679,54,610大工三八人と人夫三三人。
- 1681,1112,55,1790今朝は快晴で靜穩な天氣で、〓苦しかったが、しかし後には幾分北西の強
- 1668,575,109,219〓五日
- 1682,680,52,104五日
- 309,619,37,179と見える。
- 321,624,67,2280〓眩を〓く書く」と朝鮮人通譯ミゲル。とが、イエズス會十士たちに仕えている日本人使用人をひとり
- 1055,678,51,577長崎のトゥアン殿の息子
- 1051,665,62,1570長崎のトゥアン殿、の息子次対。〓が、彼等によってはタッカサンゲ〓
- 407,658,86,2233我々の新しい玄關番ピーター〓〓刈〓所仇州か〓ギ状に、一彼は〓人が、a語を話六二〓月〓大出か日
- 1665,789,42,272曜日」とある。
- 1710,789,42,292○〓外註に「日
- 826,1358,44,1535一三隻の船隊が舊暦五月五日、わが元和二年三月三十日長崎を出發したが、目的
- 1037,2222,38,127高山國
- 769,620,40,188を達しな。
- 870,1333,43,1568○長崎代官村山等安は高砂國向け異國渡海朱印状を得て、次男秋安を隊長とする
- 1081,2226,40,130○高砂、
- 726,623,38,134かった、
- 409,1201,44,1681タヿックスのウィッカム宛の書状に「彼はポルトガル語を話し、ゴレザノよりも口
- 437,692,60,2193珈々の新じ〓玄劑〓。ピーター〓三月二〓仇州の條に見る。ドnを洞一人で、〓六〓六年三月三十日附のフ
- 1105,679,36,438( the sonne of tuan dono)
- 978,349,40,212め長崎を出
- 1021,348,43,214砂攻略の爲
- 934,347,41,214帆して五嶋
- 1067,345,41,216村山秋安高
- 893,351,37,122に在り
- 395,353,39,202ロと朝鮮人
- 438,346,41,209玄關番ペド
- 351,342,40,210通譯ミゲル
- 306,345,41,202日本人イエ
- 1896,844,46,287一六一六年五月
- 1896,2561,42,126三六四
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.42

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.955

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.410

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.455

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 6 訳2下1637年02月-1638年01月 p.209

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.94

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.54

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.60