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〓私に私の意見の正しいことを確信させた。, であり、そして我々の作業はほとんどまったく終了したからである。, 西の風に變り、日中同樣、夜分も多くの雨が降り、靜穩であった。, かつ彼等の御手〓のさい私は訪問しに行きたい旨を告げさせた。セミ殿は私に、老皇帝が二六, 私は我々の通詞をセミ殿及びタカモン殿のところにも派遣して、彼等に歸國の祝辭を述べ、, して彼等の休養を攝るため、三年間彼を訪ねに〓って來ることなく、〔領地に〕留まる許可を, ゴンロク殿が、昨夜、知事となるためここを通過して長崎へ向かった。そのことはさらに一, 日以前に死去したことは確かであること、彼は彼, 起されたなら、彼, を傳えさせた。また、各々のトノに分け與えられた贈物は亡き皇帝の遺品であって、判金や衣, タイァモン殿は我々を、つまり總べてのイギリス人を午餐に招いた。彼は我々の大工の棟梁, 〓十七日今朝はなお雨降りの天氣で、ほんの僅かながら南西の風があった。しかし後には北, 服で、ともに大量のものであったこと、またションゴ樣は彼等に、彼等が以前拂った勞苦に對, が埋葬される場所も見たこと、またシ, 與えた由である。しかし私は、もしもこの三年間に彼水ず)の息子〓塲に對して何らかの戰爭が, 〓皇は直ちにまた〔亡靈のように〕立ち現われるものと私は固く信ずる。, ンゴ樣〓塲は人々が彼幣との死去したのをその目で見ることができるよう態々そうしたこと, mの死去したのをその目で見ることができるよう態々そうしたこと, は人々が彼, に對して何らかの戰爭が, ○老皇, ○老皇, 帝。, 帝, 豫測す, を午餐に招, 長崎奉行長, コックス家, 通詞をして, 右衞門英人, 待す, 儀に參列せ, 佐川信利及, 康の復活を, しむ, び松浦重忠, に下國を許, にも表敬せ, 信利家康葬, 大工棟梁太, 秀忠諸大名, 諸大名家康, 谷川藤正平, の形見を受, 戸を經て任, す, 地に赴く, く, り, 一六一六年六月, 四〇五, 一六一六年六月
割注
- ○老皇
- 帝。
- 帝
頭注
- 豫測す
- を午餐に招
- 長崎奉行長
- コックス家
- 通詞をして
- 右衞門英人
- 待す
- 儀に參列せ
- 佐川信利及
- 康の復活を
- しむ
- び松浦重忠
- に下國を許
- にも表敬せ
- 信利家康葬
- 大工棟梁太
- 秀忠諸大名
- 諸大名家康
- 谷川藤正平
- の形見を受
- 戸を經て任
- す
- 地に赴く
- く
- り
柱
- 一六一六年六月
ノンブル
- 四〇五
- 一六一六年六月
注記 (52)
- 555,602,55,1057〓私に私の意見の正しいことを確信させた。
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- 1601,651,64,2207私は我々の通詞をセミ殿及びタカモン殿のところにも派遣して、彼等に歸國の祝辭を述べ、
- 972,603,66,2281して彼等の休養を攝るため、三年間彼を訪ねに〓って來ることなく、〔領地に〕留まる許可を
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