『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.542

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

はなく、數々の山々の間にある心地よい谷合いのあちこちに家々が散在しており、そのなかに, つある, の内側だけでも三〇人以上の人が立っていられると私は思う。私はその像の空洞の内へ入った, は數々のとても壯麗な堂塔や、剃髮した婦人たちの住む尼寺、(というよりは寧ろ魔窟)がひと, に造られたものであるため佛殿はまったく朽ち果てている。この偶像は(仕立屋のように)足, で、四八〇年以前, が、それは大きな家ほどの大きさであった。私はこれは、世界の七不思議のひとつに考えられ, 權を奪った主要な(或いは最初の)人物であった(と言われている)。しかし今はここは都市で, 私はこれらの堂塔のあたりほど快適な松や樅の木の, 以上、また膝から膝までの間が一二ヤード以上, ていて、その殘骸を九〇○頭の駱駝に積んで運んだと傳えられるロドスのそれ自, を組んで坐った形に造られているが、それでも私の意見では高さは二〇ヤード〓, の山々の谷合いにある巨大な黄銅の偶像, 〓間の道々を見たことがないが、なかでも五つの堂塔が他のものよりも一段と評判の高いもので, と呼ばれ、二つ, ある。頭の周圍, ある。しかし他の總べてにもまして私が感歎したのは人々によりダイボッツ起大, のそれ, このころはなお建長寺が管理していた。, ○この幅はかな, り正確である、, ○長谷高徳院にある金銅の阿彌陀如來座像。, 實際の像高は一一・一一, 六メートル程である。, 嶋(rhoads)の, ○トルコ南西岸の, 出すことを許されないからである」との東慶寺に。, となり(shorn non)この尼寺に住んでいるが、それはここが聖域(sanctuary)でいかなる法官も彼女を連, 八・二九メートル, ○二〇ヤードは, ○原文次頁の始めの〓外註に「フィデイア樣の幼い娘はただ彼女の生命を助けるのが目的で髮を刈られて〓, 在る天秀尼についての傳聞が見える。口繪參照, 同じ名の港の入〓に紀元前三世紀のころ立っていたアポロの巨, 佛一, 大な青銅立像(colossos of rhoads)、高さ約三六メートル。, 慶寺に在り, 秀頼の女東, 鎌倉の風光, ロドスのア, 胎内に入る, ポロ像に比, を見る, 長谷の大佛, す, 一六一六年十月, 五四二

割注

  • このころはなお建長寺が管理していた。
  • ○この幅はかな
  • り正確である、
  • ○長谷高徳院にある金銅の阿彌陀如來座像。
  • 實際の像高は一一・一一
  • 六メートル程である。
  • 嶋(rhoads)の
  • ○トルコ南西岸の
  • 出すことを許されないからである」との東慶寺に。
  • となり(shorn non)この尼寺に住んでいるが、それはここが聖域(sanctuary)でいかなる法官も彼女を連
  • 八・二九メートル
  • ○二〇ヤードは
  • ○原文次頁の始めの〓外註に「フィデイア樣の幼い娘はただ彼女の生命を助けるのが目的で髮を刈られて〓
  • 在る天秀尼についての傳聞が見える。口繪參照
  • 同じ名の港の入〓に紀元前三世紀のころ立っていたアポロの巨
  • 佛一
  • 大な青銅立像(colossos of rhoads)、高さ約三六メートル。

頭注

  • 慶寺に在り
  • 秀頼の女東
  • 鎌倉の風光
  • ロドスのア
  • 胎内に入る
  • ポロ像に比
  • を見る
  • 長谷の大佛

  • 一六一六年十月

ノンブル

  • 五四二

注記 (46)

  • 1665,623,59,2274はなく、數々の山々の間にある心地よい谷合いのあちこちに家々が散在しており、そのなかに
  • 1466,635,48,146つある
  • 622,585,60,2314の内側だけでも三〇人以上の人が立っていられると私は思う。私はその像の空洞の内へ入った
  • 1559,633,61,2269は數々のとても壯麗な堂塔や、剃髮した婦人たちの住む尼寺、(というよりは寧ろ魔窟)がひと
  • 934,628,61,2279に造られたものであるため佛殿はまったく朽ち果てている。この偶像は(仕立屋のように)足
  • 1039,2469,54,434で、四八〇年以前
  • 518,621,60,2280が、それは大きな家ほどの大きさであった。私はこれは、世界の七不思議のひとつに考えられ
  • 1768,628,63,2272權を奪った主要な(或いは最初の)人物であった(と言われている)。しかし今はここは都市で
  • 1350,1633,57,1260私はこれらの堂塔のあたりほど快適な松や樅の木の
  • 726,1045,65,1149以上、また膝から膝までの間が一二ヤード以上
  • 415,631,60,1950ていて、その殘骸を九〇○頭の駱駝に積んで運んだと傳えられるロドスのそれ自
  • 830,623,61,1948を組んで坐った形に造られているが、それでも私の意見では高さは二〇ヤード〓
  • 1037,634,60,975の山々の谷合いにある巨大な黄銅の偶像
  • 1230,569,102,2331〓間の道々を見たことがないが、なかでも五つの堂塔が他のものよりも一段と評判の高いもので
  • 1144,2574,51,318と呼ばれ、二つ
  • 727,2504,52,396ある。頭の周圍
  • 1141,620,72,1928ある。しかし他の總べてにもまして私が感歎したのは人々によりダイボッツ起大
  • 417,2411,50,138のそれ
  • 1024,1616,42,734このころはなお建長寺が管理していた。
  • 756,2197,41,300○この幅はかな
  • 713,2199,41,260り正確である、
  • 1069,1613,43,825○長谷高徳院にある金銅の阿彌陀如來座像。
  • 758,621,45,419實際の像高は一一・一一
  • 714,624,44,400六メートル程である。
  • 400,2553,45,343嶋(rhoads)の
  • 443,2557,42,336○トルコ南西岸の
  • 1383,630,45,965出すことを許されないからである」との東慶寺に。
  • 1440,798,45,2103となり(shorn non)この尼寺に住んでいるが、それはここが聖域(sanctuary)でいかなる法官も彼女を連
  • 813,2559,42,321八・二九メートル
  • 858,2559,43,317○二〇ヤードは
  • 1483,793,48,2107○原文次頁の始めの〓外註に「フィデイア樣の幼い娘はただ彼女の生命を助けるのが目的で髮を刈られて〓
  • 1338,623,45,920在る天秀尼についての傳聞が見える。口繪參照
  • 334,625,50,1211同じ名の港の入〓に紀元前三世紀のころ立っていたアポロの巨
  • 1129,2465,42,48佛一
  • 294,629,46,1182大な青銅立像(colossos of rhoads)、高さ約三六メートル。
  • 1536,352,40,211慶寺に在り
  • 1581,354,42,213秀頼の女東
  • 1683,352,45,213鎌倉の風光
  • 486,353,40,203ロドスのア
  • 638,349,40,211胎内に入る
  • 441,350,41,210ポロ像に比
  • 1132,353,34,117を見る
  • 1172,352,43,210長谷の大佛
  • 395,349,34,36
  • 1883,847,45,282一六一六年十月
  • 1879,2561,42,123五四二

類似アイテム