『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.573

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を伴ない、その後は乾燥した陽氣で、しかも靜穩であった。, 用として大坂の知事のところへこれを屆けることにしてある、との手紙を一通受取った。そこ, 貨幣の調達のためサフィアン殿とどうすることができるかを知ることが目的であった。, たく外まで私について來て見送って呉れたが、このことは、彼が以前彼を訪問しに來た數人の, なり、この人は今、上の方へ向かって來る途上にある、との情報を齎した、等々。, 王たちには嘗て示さなかったものである。昨晩、バルク船が一艘平戸から來著して、王は病状, 私はサフィアン殿から、彼の遣わす二人の從者に鉛を秤り分けて欲しく、その二人が皇帝御, が重くて皇帝を訪ねて來ることはできないので、彼の弟トノモン樣を彼の代りに遣わすことに, きは西に變り、しかも日中は快晴の天氣であった。しかし夜の始めには雨が降り、西南の〓風, れた。しかも彼の秘書は偉大な人物で、總べてを取り仕切っている。この太公は彼の城のまっ, たが、明日はウィッカム君と私自身がその後を追い、我々がバンタムへ送るための利子附きの, 十五日今朝は寒い天氣で、僅かながら北の風が吹き、白い霜を伴なった。しかし後に風向, でウィッカム君と私自身は、ちょうど堺へ向けて出かける用意ができているところだったの, へ幾つかの業務を片附けるため出向い, と我々の通詞ゴレザノとウィリア, 〓キャプテン・アダムズとイートン君は今夜大坂, で、我々の定宿の主人フェスケ〓, ○平助か。定宿の主人ではなく、, 附添の松浦家奉行人である。, 誤記, ○堺の, 重く弟信辰, をして參觀, 三浦按針イ, 松浦隆信病, ートン兩人, 川藤廣鉛を, 秤量して大, 堺奉行長谷, 坂城主松平, すべきを約, 忠明の許へ, 見送る, コックス秤, を命ず, 忠明コック, スを城外に, す, 運ぶべき事, 平戸の船大, 坂に來著す, せしむ, ートン兩人, 松浦隆信病, 三浦按針イ, をして參觀, 堺に赴く, 重く弟信辰, 一六一六年十一月, 五七三, 一六一六年十一月

割注

  • ○平助か。定宿の主人ではなく、
  • 附添の松浦家奉行人である。
  • 誤記
  • ○堺の
  • 重く弟信辰
  • をして參觀
  • 三浦按針イ
  • 松浦隆信病
  • ートン兩人

頭注

  • 川藤廣鉛を
  • 秤量して大
  • 堺奉行長谷
  • 坂城主松平
  • すべきを約
  • 忠明の許へ
  • 見送る
  • コックス秤
  • を命ず
  • 忠明コック
  • スを城外に
  • 運ぶべき事
  • 平戸の船大
  • 坂に來著す
  • せしむ
  • ートン兩人
  • 松浦隆信病
  • 三浦按針イ
  • をして參觀
  • 堺に赴く
  • 重く弟信辰

  • 一六一六年十一月

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  • 五七三
  • 一六一六年十一月

注記 (51)

  • 738,618,54,1430を伴ない、その後は乾燥した陽氣で、しかも靜穩であった。
  • 526,615,56,2273用として大坂の知事のところへこれを屆けることにしてある、との手紙を一通受取った。そこ
  • 1050,617,56,2085貨幣の調達のためサフィアン殿とどうすることができるかを知ることが目的であった。
  • 1678,620,56,2274たく外まで私について來て見送って呉れたが、このことは、彼が以前彼を訪問しに來た數人の
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  • 1572,619,58,2276王たちには嘗て示さなかったものである。昨晩、バルク船が一艘平戸から來著して、王は病状
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