『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.40

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

板と銅と鐵をバルク船に積込むための料金、一八七匁。, た。詳細は當座勘定帳に書き留めてある通りである。すなわち, いる五貫六二〇匁の返濟の一部として丁銀二貫五〇○匁を屆けて寄越したが、この二貫五〇〇, また我々は、運に任せて、すなわち〓算で、堺の定宿の主人トーザイェモン殿と勘定をし, た。しかし夜分は靜穩であった。, 匁をオスターウィック君が受領した。, 〔長さ〕三間の板八〇○枚、一枚當り一匁二分五厘で。, 未著の、同じ品五〇ピコル、一ピコル當り一五匁で。, 未著の、棹銅一〇〇ピコル、一ピコル當り八五匁で。, 未著の、ゴコの形をした銅, 通常の鐵五〇ピコル、一ピコル當り一六匁で。, 二十八日今朝はなお快晴の〓い天氣で、北西の風があったが、その後風向きは北東に變っ, 〔長さ〕四間の厚板二五枚、一枚當り六匁五分で。, 〇〇ピコル、一ピコル當り六五匁六分で。, 長さ〕二間の板三〇○枚、一枚當り九分で。, 今日、平戸の貴人たちにより、フォイネ樣の父ドーコ樣、, ○ゴキ, 銅。, )道可、松浦肥前守隆信の法名。慶長四年, 〓三月六日(一五九九年舊暦四月二十日), 左衞門との, 堺の宿主藤, 部を返濟, 館に借銀の, 勘定, 板材, 棹銅, ごき銅, 松浦家道可, 公隆信の法, す, 六一七年七月, 四〇

割注

  • ○ゴキ
  • 銅。
  • )道可、松浦肥前守隆信の法名。慶長四年
  • 〓三月六日(一五九九年舊暦四月二十日)

頭注

  • 左衞門との
  • 堺の宿主藤
  • 部を返濟
  • 館に借銀の
  • 勘定
  • 板材
  • 棹銅
  • ごき銅
  • 松浦家道可
  • 公隆信の法

  • 六一七年七月

ノンブル

  • 四〇

注記 (33)

  • 597,718,56,1325板と銅と鐵をバルク船に積込むための料金、一八七匁。
  • 1434,621,56,1515た。詳細は當座勘定帳に書き留めてある通りである。すなわち
  • 1742,634,62,2266いる五貫六二〇匁の返濟の一部として丁銀二貫五〇○匁を屆けて寄越したが、この二貫五〇〇
  • 1535,668,59,2223また我々は、運に任せて、すなわち〓算で、堺の定宿の主人トーザイェモン殿と勘定をし
  • 392,612,51,775た。しかし夜分は靜穩であった。
  • 1646,620,52,884匁をオスターウィック君が受領した。
  • 1224,730,57,1293〔長さ〕三間の板八〇○枚、一枚當り一匁二分五厘で。
  • 911,716,57,1273未著の、同じ品五〇ピコル、一ピコル當り一五匁で。
  • 702,544,57,1449未著の、棹銅一〇〇ピコル、一ピコル當り八五匁で。
  • 809,716,55,648未著の、ゴコの形をした銅
  • 1015,375,57,1448通常の鐵五〇ピコル、一ピコル當り一六匁で。
  • 488,648,60,2231二十八日今朝はなお快晴の〓い天氣で、北西の風があったが、その後風向きは北東に變っ
  • 1120,733,56,1181〔長さ〕四間の厚板二五枚、一枚當り六匁五分で。
  • 803,1543,59,1014〇〇ピコル、一ピコル當り六五匁六分で。
  • 1330,740,56,1064長さ〕二間の板三〇○枚、一枚當り九分で。
  • 281,655,60,1404今日、平戸の貴人たちにより、フォイネ樣の父ドーコ樣、
  • 836,1382,42,118○ゴキ
  • 790,1374,43,53銅。
  • 308,2089,44,800)道可、松浦肥前守隆信の法名。慶長四年
  • 264,2078,43,782〓三月六日(一五九九年舊暦四月二十日)
  • 1513,344,41,208左衞門との
  • 1558,344,41,214堺の宿主藤
  • 1723,368,41,193部を返濟
  • 1766,344,41,212館に借銀の
  • 1469,343,40,84勘定
  • 1348,340,41,87板材
  • 718,333,42,85棹銅
  • 829,337,41,124ごき銅
  • 329,331,41,213松浦家道可
  • 283,330,41,215公隆信の法
  • 1679,344,38,40
  • 1859,871,44,262六一七年七月
  • 1851,2601,41,80四〇

類似アイテム