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主人に、彼の家を使わせて貰った代金として丁銀一枚、そ, また、彼の妻に、油を買った代金として…五・〇, 上り、風向きは西に變り、殘りの日中とその後の夜間は快晴の天氣であった。, 三十日今朝は快晴の天氣で、南東の風があったが、しかし後には東の風に變った。そのた, 〓三十一日〓, 今朝は雨降りの天氣で、南の風が強かったが、しかし正午には晴れ, て宿に〔以下の通り〕支拂った。すなわち, 儀を整えていたことを知った。皇帝は、彼等の通過する總べての場所において彼等を鄭重に遇, して當地シメナセアクでもその通りであったが、孰れの地においても彼等の迎接のため新し, が、彼等の内三人が主要人物でい, 夜分は、嵐の天氣となり、雨を伴ない、南の風があった。, 當地で我々は、昨日の朝、朝鮮使節たちが朝鮮人四五〇人の供を連れて當地から出發した, い館が建てられ、海上では彼等を運ぶための舟艇を備え、また陸上では馬とネレモン, するようにとの命令を下してあり、既に、ツシマでも平戸のイシュウでも、ファカタでも、そ, に到著したのは、夜間になってのことであっ, め今日は大變骨折って、我々がシミナセアケ, の目方は…三一・〇, た, 孰れも一樣に威, (す, して當地, 執れも, 樣に威, 二年八月二十六日二條城で將軍徳川秀忠に〓見する。, ○呉冗謙・朴梓・李景稷は對馬經由で京都に上り、元和ヽ, 曜日」とある、, ○〓外註に「シミノセア(, ○〓外註に「日, ク、三〇リーグ」とある。, 關, ○下, 幕府其の接, て東行す, ト關に到著, 遇に意を用, 允謙一行昨, 日下關を經, 朝鮮使節呉, ふ, す, 宿料, 一六一七年八月, 七七
割注
- 二年八月二十六日二條城で將軍徳川秀忠に〓見する。
- ○呉冗謙・朴梓・李景稷は對馬經由で京都に上り、元和ヽ
- 曜日」とある、
- ○〓外註に「シミノセア(
- ○〓外註に「日
- ク、三〇リーグ」とある。
- 關
- ○下
頭注
- 幕府其の接
- て東行す
- ト關に到著
- 遇に意を用
- 允謙一行昨
- 日下關を經
- 朝鮮使節呉
- ふ
- す
- 宿料
柱
- 一六一七年八月
ノンブル
- 七七
注記 (43)
- 1701,737,56,1404主人に、彼の家を使わせて貰った代金として丁銀一枚、そ
- 1490,743,55,1847また、彼の妻に、油を買った代金として…五・〇
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- 651,622,57,2287儀を整えていたことを知った。皇帝は、彼等の通過する總べての場所において彼等を鄭重に遇
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