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ていなかった、等々。, のジャンク船はもちろん、それに就いての何等の報せも到著していなかったため、持ち合わせ, ルあり、一ピコル當り三〇匁であった。それは極上品であって、我々が曩に長崎で買入れたも, またその後ウィッカム君は賣却のための我々の手續のことを協議するため、彼自らフシャミ, ーへ來て、再びミアコへ向けて歸った。そして今朝私の手紙を運んだ男に托して、松脂すなわ, ちピッチ一〇代衣を送って寄越したが、各袋とも七〇カティーの目方があるので〔全部で〕七ピコ, まり、ついには、それらが押印せられたさいにはそれらを携えて來るようにと、我々の通詞を, キャプテン・アダムズは我々の書類と事務處理を受けるため日中の大部分に亘って宮廷に留, なわち渡航許可證)の返納を要求した。そのものを私は、我々の平戸からの出發のさい、我々, のより二倍も良質である。, と、彼, は、シャム行きの我々のジャンク船のために交附された我々の以前のゴション(す, の城, 殘して來た。しかし管理人, すなわち吏員が愈こそれらを手渡す筈のときになる, を有しているが、兩所は日本における最も強固な城塞である。それ故、日本のトノたちは、擧, ロンゴ, の城を有し、他の一人, は一二一歳年下, 今日、皇帝の弟二人が彼〓〓を訪ねて來たが、一人}, 今日、皇帝の弟二人が彼, は一六歳でシ〓, 〓でテ〓ガウ, ○徳川義利、のちの義直、居, 張國を領した。慶長五年生, ○吏, らば詐欺師のこと。, 一國を領した。慶長七年生, ○假譯。grifterな, ○駿, 年上, ○名古, ○實は, 〓徳川頼宣、濱松城に在り駿遠は一, 屋, 河, 員, 忠。, に在る兄秀, 交附し舊朱, 義直伏見城, 未だ歸著せ, よる派船は, 印状の返納, 忠に表敬し, 針に暹羅渡, 海朱印状を, 伏見に來り, 再び京都に, を求む, 舊朱印状に, 赴く, 徳川頼宣同, 諸大名之に, 京都より松, ウィツカム, 脂を入手す, 幕府三浦按, 扈從す, ず, 一六一七年九月, 一一〇
割注
- ○徳川義利、のちの義直、居
- 張國を領した。慶長五年生
- ○吏
- らば詐欺師のこと。
- 一國を領した。慶長七年生
- ○假譯。grifterな
- ○駿
- 年上
- ○名古
- ○實は
- 〓徳川頼宣、濱松城に在り駿遠は一
- 屋
- 河
- 員
- 忠。
頭注
- に在る兄秀
- 交附し舊朱
- 義直伏見城
- 未だ歸著せ
- よる派船は
- 印状の返納
- 忠に表敬し
- 針に暹羅渡
- 海朱印状を
- 伏見に來り
- 再び京都に
- を求む
- 舊朱印状に
- 赴く
- 徳川頼宣同
- 諸大名之に
- 京都より松
- ウィツカム
- 脂を入手す
- 幕府三浦按
- 扈從す
- ず
柱
- 一六一七年九月
ノンブル
- 一一〇
注記 (62)
- 592,629,55,497ていなかった、等々。
- 698,621,58,2286のジャンク船はもちろん、それに就いての何等の報せも到著していなかったため、持ち合わせ
- 1431,624,60,2280ルあり、一ピコル當り三〇匁であった。それは極上品であって、我々が曩に長崎で買入れたも
- 1747,681,56,2221またその後ウィッカム君は賣却のための我々の手續のことを協議するため、彼自らフシャミ
- 1643,627,56,2277ーへ來て、再びミアコへ向けて歸った。そして今朝私の手紙を運んだ男に托して、松脂すなわ
- 1537,619,58,2277ちピッチ一〇代衣を送って寄越したが、各袋とも七〇カティーの目方があるので〔全部で〕七ピコ
- 1119,625,55,2278まり、ついには、それらが押印せられたさいにはそれらを携えて來るようにと、我々の通詞を
- 1223,680,55,2228キャプテン・アダムズは我々の書類と事務處理を受けるため日中の大部分に亘って宮廷に留
- 804,626,57,2271なわち渡航許可證)の返納を要求した。そのものを私は、我々の平戸からの出發のさい、我々
- 1329,627,52,606のより二倍も良質である。
- 910,626,50,155と、彼
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- 280,624,60,2287を有しているが、兩所は日本における最も強固な城塞である。それ故、日本のトノたちは、擧
- 390,636,49,139ロンゴ
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