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された鉛の代金をゴンロク殿から受取るために長崎に派遣したのである。さらにまた私はゴン, であり、, レモン一著を送った。これらの手紙はイートン君に托して送られたが、彼を私は、皇帝に賣却, ウ宛の日本語の手紙二通を添え、且つチャイナ・キャプテン・ハウのところへは贈物としてケ, であった, て他の一通はアルハロムノス宛てのものであったが、それにゴンロク殿及びキャプテン・ハ, そして我々は以下に記すような贈物を携えて平戸の王のところへ赴いた。すなわち, 廣幅のペルペトゥアノ, ロク殿には二通の手紙を送ったが、一通はサフィアン殿からのもの、そして他の一通はチュー, それらのなかで、彼等は彼に、我々のため凡ゆる機會に我々を厚遇するようにと書いてあるの, ビオ殿からのもので、ともに彼の伯父, 私は長崎に向けて二通の手紙を書き送り、一通はジョルジュ・ドゥロイス宛てのもの、そし, デ〔ヴォ〕ンシヤー産のカージー羅紗一枚, 上等の黒色の〔羅紗〕、第〓〓號二間, デ〔ヴォ〕ンシヤー産のカージー羅紗, 〓戰を號四間, 〇同號四間, 廣幅のペルペトゥアノ二反, 麥稈ノ色の〔羅紗〕、第〓號四間, 暗青色の羅紗、第, 號, 麥稈ノ色の〔羅紗〕、第〓號, ○これより先左兵衞藤廣は逝去したが記主は。, 〓れを知らない。十一月二十五日の條參照一, ○左兵衞藤廣は忠兵衞藤繼の兄であるが、權六藤正との家, ○記載を, 系上の位置が寛政譜では判らない。十月六日の條をも參照, 麥稈色の〔羅紗〕、第, 闕。。號, (strawculler), 麥稈色の〔羅紗〕、第〓號, 暗青色の羅紗、第, 上等の黒色の〔羅紗〕、第〓, 書状を藤正, 及び藤繼の, 托して長崎, 長谷川藤廣, の贈物, に送達す, 松浦隆信へ, へ書状を送, イートンに, る, 一六一七年十一月, 一五三, 一六一七年十一月
割注
- ○これより先左兵衞藤廣は逝去したが記主は。
- 〓れを知らない。十一月二十五日の條參照一
- ○左兵衞藤廣は忠兵衞藤繼の兄であるが、權六藤正との家
- ○記載を
- 系上の位置が寛政譜では判らない。十月六日の條をも參照
- 麥稈色の〔羅紗〕、第
- 闕。。號
- (strawculler)
- 麥稈色の〔羅紗〕、第〓號
- 暗青色の羅紗、第
- 上等の黒色の〔羅紗〕、第〓
頭注
- 書状を藤正
- 及び藤繼の
- 托して長崎
- 長谷川藤廣
- の贈物
- に送達す
- 松浦隆信へ
- へ書状を送
- イートンに
- る
柱
- 一六一七年十一月
ノンブル
- 一五三
- 一六一七年十一月
注記 (46)
- 1368,617,72,2271された鉛の代金をゴンロク殿から受取るために長崎に派遣したのである。さらにまた私はゴン
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- 1471,620,75,2273レモン一著を送った。これらの手紙はイートン君に托して送られたが、彼を私は、皇帝に賣却
- 1574,617,73,2270ウ宛の日本語の手紙二通を添え、且つチャイナ・キャプテン・ハウのところへは贈物としてケ
- 946,627,66,218であった
- 1680,619,72,2262て他の一通はアルハロムノス宛てのものであったが、それにゴンロク殿及びキャプテン・ハ
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- 323,738,54,528廣幅のペルペトゥアノ
- 1263,627,71,2261ロク殿には二通の手紙を送ったが、一通はサフィアン殿からのもの、そして他の一通はチュー
- 1052,623,72,2265それらのなかで、彼等は彼に、我々のため凡ゆる機會に我々を厚遇するようにと書いてあるの
- 1158,623,64,916ビオ殿からのもので、ともに彼の伯父
- 1785,670,72,2217私は長崎に向けて二通の手紙を書き送り、一通はジョルジュ・ドゥロイス宛てのもの、そし
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