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これらの四通の手紙は總べてトーゼイァモン殿に托して發送された。, て弱まった。しかも終日上工は乾燥した状態で、また夜分は同樣で靜穩な天氣を伴なった。, 私はミアコと大坂へ向けて三通の手紙を書いた。すなわち, 二人の肉切分け人には一人當り六匁五分を、また例の盲目の琴彈きには, 私は長崎へ向けもう一通のジョルジュ・ドゥロンスに宛てた手紙を書き、私が一匁四分で入, 一通はフシャミーのマゴゼイモン殿に宛てて、返事として。, を與え, の母に米一袋を與えた。, 通はミアコのマゴゼモン殿と彼の妻に宛てて。, 〓三十一日今朝は本曇りの天氣で、烈しい、西東の強風を伴ない、風向きは、やがて南に轉ド, 理には各々彼等に半ズボンを作らせるためファスティオン布二間ずつを、またボウズのヤシモン, 鍍金師とには、彼等の各々に酒一樽と魚數尾とを、そしてひとりの老料理人には五匁を、また, 總べて名の記, }彼等の手紙の返事として。, 載を闕く。, と, た。さらにまた私は九ド。お六。」五年十接歩〓參入の下, ○記載を, 六一八年十二月九日の條その他、, 闕く、, ○誤記か。一六一七年十月九日及び, 一通は大坂のグロビー殿に宛てて, 〇ボウズとあるので、既出のザザブラ改め平戸のヤシモン(安右衞門)とも、一六一八年六月二十七日の條で歸, 展國する長崎のヤシモン(彌次右衞門)とも別人で、三月十九日の條のヨシエモン(芳右衞門)に充てられよう, 通は堺のクエモン殿に宛てて, 鍍金師, (マヽ東北カ), 載を闕く。, (magozamon [sic] dono of fushamy), 總べて名の記, 肉切分人, (yasimon dono,a bose), 芳右衞門, }彼等の手紙の返事として。, (t〓〓○おと女。コックスの妾マティンガの下, (gilder), 琵琶法師, して上方に, 平野屋に托, 書状を送る, ドゥロイス, 長崎に在る, 贈る, の母に米を, の下婢おと, 松浦家料理, マティンガ, 芳右衞門, 人, 琵琶法師, 肉切分人, 一六一八年三月, 二八〇, 一六一八年三月
割注
- ○記載を
- 六一八年十二月九日の條その他、
- 闕く、
- ○誤記か。一六一七年十月九日及び
- 一通は大坂のグロビー殿に宛てて
- 〇ボウズとあるので、既出のザザブラ改め平戸のヤシモン(安右衞門)とも、一六一八年六月二十七日の條で歸
- 展國する長崎のヤシモン(彌次右衞門)とも別人で、三月十九日の條のヨシエモン(芳右衞門)に充てられよう
- 通は堺のクエモン殿に宛てて
- 鍍金師
- (マヽ東北カ)
- 載を闕く。
- (magozamon [sic] dono of fushamy)
- 總べて名の記
- 肉切分人
- (yasimon dono,a bose)
- 芳右衞門
- }彼等の手紙の返事として。
- (t〓〓○おと女。コックスの妾マティンガの下
- (gilder)
- 琵琶法師
頭注
- して上方に
- 平野屋に托
- 書状を送る
- ドゥロイス
- 長崎に在る
- 贈る
- の母に米を
- の下婢おと
- 松浦家料理
- マティンガ
- 芳右衞門
- 人
- 琵琶法師
- 肉切分人
柱
- 一六一八年三月
ノンブル
- 二八〇
- 一六一八年三月
注記 (54)
- 401,644,60,1637これらの四通の手紙は總べてトーゼイァモン殿に托して發送された。
- 1134,638,60,2199て弱まった。しかも終日上工は乾燥した状態で、また夜分は同樣で靜穩な天氣を伴なった。
- 1032,693,59,1405私はミアコと大坂へ向けて三通の手紙を書いた。すなわち
- 1449,638,62,1731二人の肉切分け人には一人當り六匁五分を、また例の盲目の琴彈きには
- 294,686,65,2223私は長崎へ向けもう一通のジョルジュ・ドゥロンスに宛てた手紙を書き、私が一匁四分で入
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