Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
一度も行われたことがない、等々。, かとの怖れを抱いているものと思われ、いつかは何かが起るものと思われる、等々, 彼が、北方のトノたち、すなわち王たちは南の彼等と結合して彼に叛いて起つつもりではない, はならないとの命令をミアコに下した由で、それ故、皇帝が死去したか、或いはさもなければ, 十八日今朝は快晴で靜穩な天氣であったが、その後もさほど強い風はなかったが、日中及, る。彼等の意圖するところが何であるかは良く判らないが、そんなことは當地方ではこれまで, びその後の夜間に亘って北の風があった。夜分は風はほとんど或いはまったく止んだ、等々。, 今日、王の乘馬を上の方へ運んだ平戸の王のバルク船がミアコから歸って來た。そして彼等, の報ずるところでは皇帝は、日本のトノたちは總べてその地に留まり、江戸へ向かって行って, 〔彼等は〕領國全體を彼等の意の儘に測量せよとの皇帝からの命令を帶びて派遣された人々であ, 十九日今朝はなお快晴の靜穩な天氣であった。そしてその後もさほど強い風は吹かなかっ, が、一反當り約一〇匁の値打はあろう。, たちとも言うべき人々が今日平戸にやって來たが、, へ行った、等々。, ニールソン君はすこぶる平靜を失っているため、彼の健康を恢復するためイシュウの温泉, 特命委員たち、或いは寧ろ測量官, ○湯野浦。壹州すなわち, 平戸領壹岐嶋にある、, 檢地奉, 行か, (commissioners), る事を命ず, 態を憶測す, 幕府の檢地, の領内惣檢, ニールソン, 來り未曾有, 提供す, 奉行平戸に, り歸著す, コックス事, に保養に赴, 地を行はん, 壹州湯野浦, 病気の爲め, 戸に赴かざ, 乘馬を運べ, に留まり江, 松浦隆信の, 大名の京都, る船上方よ, ンネル布を, 徳川秀忠諸, とす, 一六一八年五月, 三一三
割注
- ○湯野浦。壹州すなわち
- 平戸領壹岐嶋にある、
- 檢地奉
- 行か
- (commissioners)
頭注
- る事を命ず
- 態を憶測す
- 幕府の檢地
- の領内惣檢
- ニールソン
- 來り未曾有
- 提供す
- 奉行平戸に
- り歸著す
- コックス事
- に保養に赴
- 地を行はん
- 壹州湯野浦
- 病気の爲め
- 戸に赴かざ
- 乘馬を運べ
- に留まり江
- 松浦隆信の
- 大名の京都
- る船上方よ
- ンネル布を
- 徳川秀忠諸
- とす
柱
- 一六一八年五月
ノンブル
- 三一三
注記 (46)
- 441,634,55,808一度も行われたことがない、等々。
- 1280,620,55,2018かとの怖れを抱いているものと思われ、いつかは何かが起るものと思われる、等々
- 1384,611,54,2277彼が、北方のトノたち、すなわち王たちは南の彼等と結合して彼に叛いて起つつもりではない
- 1489,613,55,2282はならないとの命令をミアコに下した由で、それ故、皇帝が死去したか、或いはさもなければ
- 1175,663,56,2232十八日今朝は快晴で靜穩な天氣であったが、その後もさほど強い風はなかったが、日中及
- 546,613,59,2282る。彼等の意圖するところが何であるかは良く判らないが、そんなことは當地方ではこれまで
- 1069,607,57,2264びその後の夜間に亘って北の風があった。夜分は風はほとんど或いはまったく止んだ、等々。
- 1697,655,56,2242今日、王の乘馬を上の方へ運んだ平戸の王のバルク船がミアコから歸って來た。そして彼等
- 1592,613,55,2279の報ずるところでは皇帝は、日本のトノたちは總べてその地に留まり、江戸へ向かって行って
- 651,618,57,2276〔彼等は〕領國全體を彼等の意の儘に測量せよとの皇帝からの命令を帶びて派遣された人々であ
- 337,667,58,2213十九日今朝はなお快晴の靜穩な天氣であった。そしてその後もさほど強い風は吹かなかっ
- 1802,615,55,936が、一反當り約一〇匁の値打はあろう。
- 759,1657,53,1209たちとも言うべき人々が今日平戸にやって來たが、
- 861,1110,56,379へ行った、等々。
- 965,672,56,2224ニールソン君はすこぶる平靜を失っているため、彼の健康を恢復するためイシュウの温泉
- 749,667,65,811特命委員たち、或いは寧ろ測量官
- 887,614,42,476○湯野浦。壹州すなわち
- 844,618,42,393平戸領壹岐嶋にある、
- 785,1510,42,138檢地奉
- 741,1480,33,86行か
- 810,672,30,270(commissioners)
- 1343,340,39,214る事を命ず
- 1238,337,42,217態を憶測す
- 756,339,41,215幕府の檢地
- 624,343,42,211の領内惣檢
- 993,348,40,197ニールソン
- 668,341,40,213來り未曾有
- 1769,338,42,125提供す
- 711,340,42,211奉行平戸に
- 1577,339,40,168り歸著す
- 1284,346,40,207コックス事
- 861,342,40,209に保養に赴
- 581,340,41,212地を行はん
- 902,340,41,214壹州湯野浦
- 947,340,43,210病気の爲め
- 1387,340,41,212戸に赴かざ
- 1663,338,44,202乘馬を運べ
- 1434,341,39,211に留まり江
- 1708,338,44,208松浦隆信の
- 1476,337,40,217大名の京都
- 1622,340,41,212る船上方よ
- 1813,345,42,206ンネル布を
- 1517,336,42,216徳川秀忠諸
- 536,341,37,83とす
- 236,837,44,284一六一八年五月
- 238,2557,45,124三一三
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.42

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.94

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.455

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.787

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 27 訳11 1647年10月-1649年10月 p.221

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.60

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 5 訳2上1636年01月-1637年01月 p.47

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 4 訳文編之上 元和1年5月~3年6月 p.410