『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.341

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ク船が無事に長崎へ歸って、オランダのジャンク船, あった、等々。, なかった、等々。, との傳言を寄越した。, ヨン・ヨーセンの小型ジャンク船が今クラツのラングウェイに近い或る避難港に到著している, 今朝は雨降りの靜穩な天氣で或いはどちらかといえば僅かに北の風, また夜に入ってキャプテン・アダムズは私に、昨年コーチンシナからカンボジャへ行ったジ, 遲くなって夜も近いころシャムから來たオランダのジャンク船が、平戸の町から一リーグ先, 二十九日今朝は本曇りの天氣で、僅かながら北の風が吹いていた。しかも終日及びその後, が吹いていた。そしてその状態が終日及びその後の夜間に亘って續き、夜分は乾燥した天氣で, 夜近く次の知らせが入った。(シャムへ行った長崎のヤシモン殿, 崎の〔ジャンク船〕は彼とともに〔シャムを〕出航し、ともに海上に出たので、當海岸に著くこ, とに何の不自由もあり得まい、との傳言を齎した由。, 二十八日, のコチーの碇泊地に、またジヨーセンの〔ジャンク船〕は平戸の對岸一ないし二リーグの, と、もう一隻の長, に到著した。, ところにあるタスケノ, のジャン, ところにあるタスケイ〓田に到著した。, ○〓外註に「日, ○一六一七年十一月二十日出, 曜日」とある。, 帆のテン・ブルッケの船、, 六年七月三日の條參照, ○田, ○船頭彌左衞門。一六一, 埔寨より名, 耶揚子のジ, ヤンク船束, 護屋に來著, ジャンク船, 羅より歸る, 暹羅より河, 蘭人テン・, ブルッケの, 内浦に歸著, に暹羅を〓, 彌左衞門暹, 僚船二隻共, 耶揚子船田, 長崎の船頭, す, 助に到る, す, す, 一六一八年六月, 三四一, 一六一八年六月

割注

  • ○〓外註に「日
  • ○一六一七年十一月二十日出
  • 曜日」とある。
  • 帆のテン・ブルッケの船、
  • 六年七月三日の條參照
  • ○田
  • ○船頭彌左衞門。一六一

頭注

  • 埔寨より名
  • 耶揚子のジ
  • ヤンク船束
  • 護屋に來著
  • ジャンク船
  • 羅より歸る
  • 暹羅より河
  • 蘭人テン・
  • ブルッケの
  • 内浦に歸著
  • に暹羅を〓
  • 彌左衞門暹
  • 僚船二隻共
  • 耶揚子船田
  • 長崎の船頭
  • 助に到る

  • 一六一八年六月

ノンブル

  • 三四一
  • 一六一八年六月

注記 (49)

  • 1570,609,68,1261ク船が無事に長崎へ歸って、オランダのジャンク船
  • 735,606,52,339あった、等々。
  • 1781,601,54,393なかった、等々。
  • 1049,607,53,500との傳言を寄越した。
  • 1155,612,74,2266ヨン・ヨーセンの小型ジャンク船が今クラツのラングウェイに近い或る避難港に到著している
  • 952,1226,72,1657今朝は雨降りの靜穩な天氣で或いはどちらかといえば僅かに北の風
  • 1259,643,75,2229また夜に入ってキャプテン・アダムズは私に、昨年コーチンシナからカンボジャへ行ったジ
  • 628,655,77,2230遲くなって夜も近いころシャムから來たオランダのジャンク船が、平戸の町から一リーグ先
  • 315,659,77,2232二十九日今朝は本曇りの天氣で、僅かながら北の風が吹いていた。しかも終日及びその後
  • 841,611,77,2266が吹いていた。そしてその状態が終日及びその後の夜間に亘って續き、夜分は乾燥した天氣で
  • 1674,653,69,1533夜近く次の知らせが入った。(シャムへ行った長崎のヤシモン殿
  • 1466,602,81,2274崎の〔ジャンク船〕は彼とともに〔シャムを〕出航し、ともに海上に出たので、當海岸に著くこ
  • 1362,605,65,1258とに何の不自由もあり得まい、との傳言を齎した由。
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  • 525,606,78,2274のコチーの碇泊地に、またジヨーセンの〔ジャンク船〕は平戸の對岸一ないし二リーグの
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  • 453,1151,39,81○田
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