『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.462

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由である。, い、と語った。, はほとんど風は吹かなかった、等々。, に亘って待っていて、そしてその擧句我々の事務を何も果すことなく歸って來た。, よると平戸へ向かったキャプテン・アダムズの從者は、一三日以前に大坂でバルク船に乘った, となって欲しいと要望した。そして彼は私に、彼はそうしたいこと、そして我々が我々の船で, 平戸へと同樣、長崎へ行くことに就いては、もし我々がそう望むならそうしてもよく、その理, 私はミアコの我々の定宿の主人の息子スケンゲロー殿から一通の手紙を受取ったが、それに, 由は、皇帝にとっては孰れにしろ同一のことであるからで、だから我々はそうしても構わな, げることなく歸って來た、等々。, 今朝はなお快晴の天氣で、北西の風があったが日中及びその後の夜分に, キャプテン・アダムズは我々の業務を處理して貰おうと宮廷へ赴いたが、しかし何事も仕遂, 一六一八年十一月, 一日, 〓キャプテン・アダムズは、評議會が彼に命じた通りに、宮廷へ赴いた。しかし日中の大部分, ○〓外註に「日, 曜日」とある、, ○新暦では一六一八年十一月十一日より十二月一日までに當り、, わが元和四年九月二十四日に始まり十月二十四日に反ぶ, 三浦按針の, 務の斡旋を, 清次之を諾, 郎より來信, 從者は大坂, 乞ふ, 伊丹屋助五, す, より西下す, 一六一八年十一月, 四六二

割注

  • ○〓外註に「日
  • 曜日」とある、
  • ○新暦では一六一八年十一月十一日より十二月一日までに當り、
  • わが元和四年九月二十四日に始まり十月二十四日に反ぶ

頭注

  • 三浦按針の
  • 務の斡旋を
  • 清次之を諾
  • 郎より來信
  • 從者は大坂
  • 乞ふ
  • 伊丹屋助五
  • より西下す

  • 一六一八年十一月

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  • 四六二

注記 (30)

  • 918,607,49,226由である。
  • 1439,614,51,329い、と語った。
  • 493,606,52,884はほとんど風は吹かなかった、等々。
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