『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 5 訳文編之下 元和3年6月~8年2月 p.895

Loading…

要素

割注頭注ノンブル

OCR テキスト

なってようやく風は止み、夜間を通じて靜穩な乾燥した状態であった。, てから我々は碇泊した。我々はゼワでは宿に對し、またオレンジ代として、〔合せて〕一五匁, をオスターウィック君を通じて支拂い、また我々が難破船から救い出した人々に米一袋を與え, 風向きが變り易かった。しかし夜間を通じて西のかなりの強風となり、快晴の天氣であった、, ク船が難破したのを見つけて我々の小舟とオランダ人たちの小舟を送り出してその乘組員たち, 七日(シムツケ五日)今朝は快晴の天氣で、僅かに北の風が吹いていたが、しかし、後には, 等々。, を救助した。そして彼等は女二人と男一人で〓, 我々は夜間になってからビンガナ・トモに到著し、その地で私は上陸して、以下のこれらの, こうして夜は、靜隱になったため、我々はゼワを出發して前進し、一三リーグ船を漕ぎ進め, 六日(シムツケ四日)今朝はなおしけで雨降りの天氣であり、終日北東の風が強く、夜近く, 品々の契約をまとめた。すなわち, の人々であった。, を救助した。そして彼等は女二人と男一人で〓□のなかに「, □。, 〓のなかに〓, 〓また〓, た。彼等はボンゴ, た。彼等はボ。ゴ〓豐の人々であった。, (bongo), 乘組員に米, 豐後の難船, を贈る, に到り金を, 備後鞆ノ津, の難船を救, 發注す, の途上豐後, 一六二一年十二月, 八九五, (219ウ), 一六二一年十二月

割注

  • (bongo)

頭注

  • 乘組員に米
  • 豐後の難船
  • を贈る
  • に到り金を
  • 備後鞆ノ津
  • の難船を救
  • 發注す
  • の途上豐後

  • 一六二一年十二月

ノンブル

  • 八九五
  • (219ウ)
  • 一六二一年十二月

注記 (32)

  • 1274,622,62,1693なってようやく風は止み、夜間を通じて靜穩な乾燥した状態であった。
  • 1062,620,66,2275てから我々は碇泊した。我々はゼワでは宿に對し、またオレンジ代として、〔合せて〕一五匁
  • 960,622,63,2266をオスターウィック君を通じて支拂い、また我々が難破船から救い出した人々に米一袋を與え
  • 643,614,67,2251風向きが變り易かった。しかし夜間を通じて西のかなりの強風となり、快晴の天氣であった、
  • 1798,617,64,2268ク船が難破したのを見つけて我々の小舟とオランダ人たちの小舟を送り出してその乘組員たち
  • 749,675,64,2215七日(シムツケ五日)今朝は快晴の天氣で、僅かに北の風が吹いていたが、しかし、後には
  • 537,615,52,126等々。
  • 1692,610,59,1134を救助した。そして彼等は女二人と男一人で〓
  • 435,668,63,2218我々は夜間になってからビンガナ・トモに到著し、その地で私は上陸して、以下のこれらの
  • 1168,673,65,2219こうして夜は、靜隱になったため、我々はゼワを出發して前進し、一三リーグ船を漕ぎ進め
  • 1372,667,72,2221六日(シムツケ四日)今朝はなおしけで雨降りの天氣であり、終日北東の風が強く、夜近く
  • 329,620,56,809品々の契約をまとめた。すなわち
  • 858,1158,55,396の人々であった。
  • 1691,606,66,2263を救助した。そして彼等は女二人と男一人で〓□のなかに「
  • 1481,719,53,66□。
  • 1706,2571,49,318〓のなかに〓
  • 1596,1701,50,209〓また〓
  • 853,620,56,416た。彼等はボンゴ
  • 854,618,77,935た。彼等はボ。ゴ〓豐の人々であった。
  • 905,891,37,121(bongo)
  • 912,337,41,216乘組員に米
  • 956,337,43,217豐後の難船
  • 869,339,36,126を贈る
  • 398,343,40,213に到り金を
  • 443,339,40,218備後鞆ノ津
  • 1762,339,39,207の難船を救
  • 352,340,42,129發注す
  • 1808,338,39,207の途上豐後
  • 230,842,46,331一六二一年十二月
  • 244,2558,39,122八九五
  • 1339,564,107,33(219ウ)
  • 230,842,46,331一六二一年十二月

類似アイテム