Loading…
要素
割注頭注ノンブル
OCR テキスト
代に殉教しましたが、そこへ彼等の親族の者たちや友人たちが緑の木を數本植えて、各この木, の近くに祭壇を設け、その場所へ數百の人々が毎日お祈りに行ったからです。しかし今や皇帝, のものはやはり東方に現われ、燃える星のようでしたが、やがて北方へ向かい、そして一箇月, に命じた若干の場所を除いて、總べてに街路が作られ、それはキリスト教の記憶を日本から完, れるため、彼等の親族や近親者の地所へと運び去られました。そして、教會や境内墓地のあっ, い、總べての墳墓と廟所は發かれ、そして死者たちの骨は取出され、そして他の場所で埋葬さ, からの命令により上記の樹木や祭壇は總べて完全に伐り倒されて、土地は平坦にされてしまい, も手づかずのままでした。しかし、今や皇帝からの命令により總べてが完全に引倒されてしま, うでしたが、やがて南方へ行き、そしてその方角で一箇月以内に消え去りました。もうひとつ, があり、そこでは多數のパードレたちやその他のキリスト教徒たちがオーゴショ樣の時, 全に根絶させようと考えてのことでしたが、それというのは、この長崎のやや町外れに或る場, の彗星が見えました。, 〓ました。このような處置は、總べてこうした事柄の記憶を根絶しようとする彼の願望によるも, のよ, のであります。また、一六一八年には、十一月と十二月の兩月に亘り、當地日本の全域で二つ, を送って住ませるよう, た彼等の場所には、皇帝が堂塔を建て、そのなかに異教の聖職老, 最初のものは東方に現われ、大きな火の玉一, 所, )日記の一六一八年十〇, 月七日以降參照, 僧侶, ○佛教の, )火の光, の意譯。, ○西, 坂, 移葬せらる, 死者の骨は, 長崎郊外の, 院と化す, 北に向ふ, 跡地は街路, 又は佛教寺, キリシタン, の祭壇も亦, 他は東より, 北斗星の方, 一は東より, 彗星現はる, 一昨年冬一, 撤去せらる, 一六二〇年三月, 八〇, 一六二〇年三月
割注
- )日記の一六一八年十〇
- 月七日以降參照
- 僧侶
- ○佛教の
- )火の光
- の意譯。
- ○西
- 坂
頭注
- 移葬せらる
- 死者の骨は
- 長崎郊外の
- 院と化す
- 北に向ふ
- 跡地は街路
- 又は佛教寺
- キリシタン
- の祭壇も亦
- 他は東より
- 北斗星の方
- 一は東より
- 彗星現はる
- 一昨年冬一
- 撤去せらる
柱
- 一六二〇年三月
ノンブル
- 八〇
- 一六二〇年三月
注記 (45)
- 1041,617,63,2282代に殉教しましたが、そこへ彼等の親族の者たちや友人たちが緑の木を數本植えて、各この木
- 936,625,65,2277の近くに祭壇を設け、その場所へ數百の人々が毎日お祈りに行ったからです。しかし今や皇帝
- 310,625,63,2278のものはやはり東方に現われ、燃える星のようでしたが、やがて北方へ向かい、そして一箇月
- 1351,623,66,2283に命じた若干の場所を除いて、總べてに街路が作られ、それはキリスト教の記憶を日本から完
- 1562,624,65,2268れるため、彼等の親族や近親者の地所へと運び去られました。そして、教會や境内墓地のあっ
- 1663,626,67,2276い、總べての墳墓と廟所は發かれ、そして死者たちの骨は取出され、そして他の場所で埋葬さ
- 832,618,64,2274からの命令により上記の樹木や祭壇は總べて完全に伐り倒されて、土地は平坦にされてしまい
- 1764,625,67,2278も手づかずのままでした。しかし、今や皇帝からの命令により總べてが完全に引倒されてしま
- 415,619,65,2276うでしたが、やがて南方へ行き、そしてその方角で一箇月以内に消え去りました。もうひとつ
- 1144,757,67,2145があり、そこでは多數のパードレたちやその他のキリスト教徒たちがオーゴショ樣の時
- 1248,612,66,2294全に根絶させようと考えてのことでしたが、それというのは、この長崎のやや町外れに或る場
- 520,621,77,507の彗星が見えました。
- 716,555,92,2348〓ました。このような處置は、總べてこうした事柄の記憶を根絶しようとする彼の願望によるも
- 520,2806,44,93のよ
- 618,625,70,2271のであります。また、一六一八年には、十一月と十二月の兩月に亘り、當地日本の全域で二つ
- 1458,2360,56,539を送って住ませるよう
- 1463,619,59,1550た彼等の場所には、皇帝が堂塔を建て、そのなかに異教の聖職老
- 511,1581,67,1048最初のものは東方に現われ、大きな火の玉一
- 1153,615,57,55所
- 553,1130,44,433)日記の一六一八年十〇
- 511,1136,43,325月七日以降參照
- 1448,2185,39,94僧侶
- 1487,2188,43,163○佛教の
- 545,2645,45,149)火の光
- 500,2632,45,133の意譯。
- 1183,676,41,83○西
- 1139,670,41,50坂
- 1645,340,38,214移葬せらる
- 1687,341,42,213死者の骨は
- 1282,339,42,212長崎郊外の
- 1403,340,39,173院と化す
- 487,340,41,174北に向ふ
- 1489,339,43,216跡地は街路
- 1445,341,41,214又は佛教寺
- 1240,342,38,208キリシタン
- 1194,346,42,210の祭壇も亦
- 422,340,40,216他は東より
- 375,341,44,218北斗星の方
- 533,358,39,199一は東より
- 595,338,43,216彗星現はる
- 638,355,44,194一昨年冬一
- 1149,339,42,217撤去せらる
- 1891,836,43,288一六二〇年三月
- 1881,2603,44,84八〇
- 1891,836,43,288一六二〇年三月
類似アイテム

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.150

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.174

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 21 訳8下1644年06月-1644年10月 p.164

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.61

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.246

『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.60

『日本関係海外史料』 オランダ商館長日記 2 訳1上1633年08月-1634年04月 p.176

『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 5 訳文編之1(下) 天文19年12月~21年11月 p.43