『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.128

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五はや, 宛〔元和二年十月末, 頃〕, 書状ぎりん, アム・ニールソンである事實に照らして宛名をイートンとした。ニールソンは上方への出張の機會がない一方、, 一六一六年十一月, るも・しいとん」「ぎゐるゑるも・ねるそん」とポルトガル訓みで見える人物がウィリアム・イートンとウィリ, ○ロンドン大英圖書館所藏コットン氏舊藏文, 書三|一三|二六|二八の内第一七號文書。, ハ一六年, ○舊暦, ○ウィリアム, ○大坂在, ナの母なる婦人に物を贈り、歸路一六一六年十一月十八日にはイートンと共にヘレナ母娘に面會したが、兩人, この年コックスと共に江戸參府の途次大坂を通過したが、貿易地の平戸・長崎への限定、これに次ぐスィー, アドヴェンチュア號での外航のため、その後は大坂に〓ることがなかったからである。なお、コックスの日記, に據れば、この參府の途次コックスは一六一六年八月六日、イートンに逢いに來たヘレナの下女に托してへレ, み)の方にいたイギリス人が暫く同地を去っており、最近再會の機を得たが、又もや下向してしまったという專, 住婦人, ○この折紙の文書は年月曰日を闕き、散し書きの女文字には間こ解讀し難い部分もあるが、文面から長らく上(か, 實、そのイギリス人の名「ぎりん」は舊インド省圖書館所藏原書翰集第三六六號及び第三六七號の共に一六一六, ・イートン。, 年六月のコックスの書翰の封書上ハ書にそれぞれ「ぎりゑも・ゑとん」「ぎりゑも・ねりそん」及び「ぎゐるゑ, 十一月末, 受けていない。こうして、差出人の「はや」とは、イートンの娘ヘレナを生んだ母と見てよかろう。, とも同月二十五日の大坂出發にさいしては、歌舞伎女からは挨拶を受けたのに、ヘレナの母の見送りを, に當る。, ートンは一六一五年八月まで上方にいて同年八・九月の交平戸に〓り、同年九月より翌一六一六年三月まで, 上方に在り、この年三月の平戸歸還にさいしては雪の浦幽囚事件のため八月まで上方に旅行する機會がなく, るも・ゑいとん」「ぎゐるゑるも・ねるそん」とポルトガル訓みで見える人物がウィリアム・イートンとウィリ, アム・ニールソンである事實に照らして宛名をイートンとした。ニールソンは上方への出張の機會がない一方, ヘレナの母, はや書状, 一三二

割注

  • ○ロンドン大英圖書館所藏コットン氏舊藏文
  • 書三|一三|二六|二八の内第一七號文書。
  • ハ一六年
  • ○舊暦
  • ○ウィリアム
  • ○大坂在
  • ナの母なる婦人に物を贈り、歸路一六一六年十一月十八日にはイートンと共にヘレナ母娘に面會したが、兩人
  • この年コックスと共に江戸參府の途次大坂を通過したが、貿易地の平戸・長崎への限定、これに次ぐスィー
  • アドヴェンチュア號での外航のため、その後は大坂に〓ることがなかったからである。なお、コックスの日記
  • に據れば、この參府の途次コックスは一六一六年八月六日、イートンに逢いに來たヘレナの下女に托してへレ
  • み)の方にいたイギリス人が暫く同地を去っており、最近再會の機を得たが、又もや下向してしまったという專
  • 住婦人
  • ○この折紙の文書は年月曰日を闕き、散し書きの女文字には間こ解讀し難い部分もあるが、文面から長らく上(か
  • 實、そのイギリス人の名「ぎりん」は舊インド省圖書館所藏原書翰集第三六六號及び第三六七號の共に一六一六
  • ・イートン。
  • 年六月のコックスの書翰の封書上ハ書にそれぞれ「ぎりゑも・ゑとん」「ぎりゑも・ねりそん」及び「ぎゐるゑ
  • 十一月末
  • 受けていない。こうして、差出人の「はや」とは、イートンの娘ヘレナを生んだ母と見てよかろう。
  • とも同月二十五日の大坂出發にさいしては、歌舞伎女からは挨拶を受けたのに、ヘレナの母の見送りを
  • に當る。
  • ートンは一六一五年八月まで上方にいて同年八・九月の交平戸に〓り、同年九月より翌一六一六年三月まで
  • 上方に在り、この年三月の平戸歸還にさいしては雪の浦幽囚事件のため八月まで上方に旅行する機會がなく
  • るも・ゑいとん」「ぎゐるゑるも・ねるそん」とポルトガル訓みで見える人物がウィリアム・イートンとウィリ
  • アム・ニールソンである事實に照らして宛名をイートンとした。ニールソンは上方への出張の機會がない一方

頭注

  • ヘレナの母
  • はや書状

ノンブル

  • 一三二

注記 (34)

  • 1581,935,62,252五はや
  • 1571,2025,67,634宛〔元和二年十月末
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  • 1462,1370,45,841書三|一三|二六|二八の内第一七號文書。
  • 1561,2670,39,160ハ一六年
  • 1605,2672,41,130○舊暦
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  • 1607,1192,45,168○大坂在
  • 532,726,48,2156ナの母なる婦人に物を贈り、歸路一六一六年十一月十八日にはイートンと共にヘレナ母娘に面會したが、兩人
  • 708,737,48,2147この年コックスと共に江戸參府の途次大坂を通過したが、貿易地の平戸・長崎への限定、これに次ぐスィー
  • 665,731,48,2165アドヴェンチュア號での外航のため、その後は大坂に〓ることがなかったからである。なお、コックスの日記
  • 576,732,49,2146に據れば、この參府の途次コックスは一六一六年八月六日、イートンに逢いに來たヘレナの下女に托してへレ
  • 1195,737,48,2150み)の方にいたイギリス人が暫く同地を去っており、最近再會の機を得たが、又もや下向してしまったという專
  • 1568,1191,40,131住婦人
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  • 1105,736,49,2155實、そのイギリス人の名「ぎりん」は舊インド省圖書館所藏原書翰集第三六六號及び第三六七號の共に一六一六
  • 1568,1756,36,246・イートン。
  • 1063,731,48,2175年六月のコックスの書翰の封書上ハ書にそれぞれ「ぎりゑも・ゑとん」「ぎりゑも・ねりそん」及び「ぎゐるゑ
  • 1512,1061,42,164十一月末
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