『日本関係海外史料』 イギリス商館長日記 6 訳文編付録(上)元和5年1月~9年11月 p.134

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八善左衞田, 音状ゑげれす・かぴたん, 和四年〕拾月廿七日, 文書。, 宛〔元, 附〓, 七四七號, 一六一八年十二月, ○舊暦一六一八年十, ・コックス。, ○リチャード, にチャナ・ショジェローと見え同月二十一日の條に「皇帝の御用商人すなわち買物掛」とあり同月三十一日の, 條にチャウノ・シュロジェローとあるように、善左衞門が主人アダムスの口授にもとづき誤記したもので、「〓, ○三浦按, 「ロンドン英國外國及連邦事務省内舊, 一月三日に當る。, ンド省圖書館所藏原書翰集第六册第, 八日までコックスはアダムズすなわち三浦按針を伴ない江戸に參府した。江戸では東京渡航の朱印状を請求し, 針從者。, 力したのは茶屋四郎次郎清次(前名又四郎)で、「庄二郎」とあるのはコックスの日記一六一八年十月十四日の條, ま、後出第一二號文書にあるように翌一六一九年一月二十五日に自分も大坂を去って平戸に向かった。本文書, たがその受領をアダムズに委せて歸途に就き、大坂で待機した。アダムズはやはり朱印状受領以前に江戸を發, して大坂でコックスに再會したのち、十一月十八日コックスを平戸へ送って、更に待機したが、幸便を得ぬ本, は江戸に在る三浦按針の從者善左衞門(英文では善吉)が朱印状下附の當曰、「へるなふ」すなわちコックスの日, の追記があり、三月下旬までは前年度なので、その受信日附はわが元和四年十二月二十六日に當り、遡って人, 記一六一八年十一月三日の條で、同じく新年度の朱印状を請求するため江戸に來ていた長崎の日本人朱印船廿, キャプテン・バルナルドに托して、平戸へこれを發送したことを知らせたものである。朱印状下附に當って盡, 郎次郎殿」と讀むべきものである。なお文中の「御としより」は土井大炊頭利勝(オイェン殿)、酒井雅樂頭忠, の發信日附は元和四年の拾月廿七日であることが明らかである。この年一六一八年八月二十三日より翌年一日, タムズの使用人ゼンケセより私のゴション(朱印状)とともに。平戸に於いて、一月三十一日受領。」との英立, 世(オト殿)、本多上野正純(コジキン殿)、安藤對馬守重信(ツシマ殿)を指し、「安仁内儀子供たち」は江戸又は, ○この文書は折紙で、年號を闕くが、本文と宛名の間の餘白に受取人コックスの「一六一八年。キャプテン・ア, 七四七號, に江戸參府, 浦按針と共, 朱印状の更, し異國渡海, 新を求む, 善左衞門書, 状, コックス一, 一三八

割注

  • ○舊暦一六一八年十
  • ・コックス。
  • ○リチャード
  • にチャナ・ショジェローと見え同月二十一日の條に「皇帝の御用商人すなわち買物掛」とあり同月三十一日の
  • 條にチャウノ・シュロジェローとあるように、善左衞門が主人アダムスの口授にもとづき誤記したもので、「〓
  • ○三浦按
  • 「ロンドン英國外國及連邦事務省内舊
  • 一月三日に當る。
  • ンド省圖書館所藏原書翰集第六册第
  • 八日までコックスはアダムズすなわち三浦按針を伴ない江戸に參府した。江戸では東京渡航の朱印状を請求し
  • 針從者。
  • 力したのは茶屋四郎次郎清次(前名又四郎)で、「庄二郎」とあるのはコックスの日記一六一八年十月十四日の條
  • ま、後出第一二號文書にあるように翌一六一九年一月二十五日に自分も大坂を去って平戸に向かった。本文書
  • たがその受領をアダムズに委せて歸途に就き、大坂で待機した。アダムズはやはり朱印状受領以前に江戸を發
  • して大坂でコックスに再會したのち、十一月十八日コックスを平戸へ送って、更に待機したが、幸便を得ぬ本
  • は江戸に在る三浦按針の從者善左衞門(英文では善吉)が朱印状下附の當曰、「へるなふ」すなわちコックスの日
  • の追記があり、三月下旬までは前年度なので、その受信日附はわが元和四年十二月二十六日に當り、遡って人
  • 記一六一八年十一月三日の條で、同じく新年度の朱印状を請求するため江戸に來ていた長崎の日本人朱印船廿
  • キャプテン・バルナルドに托して、平戸へこれを發送したことを知らせたものである。朱印状下附に當って盡
  • 郎次郎殿」と讀むべきものである。なお文中の「御としより」は土井大炊頭利勝(オイェン殿)、酒井雅樂頭忠
  • の發信日附は元和四年の拾月廿七日であることが明らかである。この年一六一八年八月二十三日より翌年一日
  • タムズの使用人ゼンケセより私のゴション(朱印状)とともに。平戸に於いて、一月三十一日受領。」との英立
  • 世(オト殿)、本多上野正純(コジキン殿)、安藤對馬守重信(ツシマ殿)を指し、「安仁内儀子供たち」は江戸又は
  • ○この文書は折紙で、年號を闕くが、本文と宛名の間の餘白に受取人コックスの「一六一八年。キャプテン・ア
  • 七四七號

頭注

  • に江戸參府
  • 浦按針と共
  • 朱印状の更
  • し異國渡海
  • 新を求む
  • 善左衞門書
  • コックス一

ノンブル

  • 一三八

注記 (42)

  • 1656,938,62,347八善左衞田
  • 1655,1527,65,778音状ゑげれす・かぴたん
  • 1557,1070,68,566和四年〕拾月廿七日
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  • 1652,2577,63,253宛〔元
  • 1550,2031,76,89附〓
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  • 1897,833,43,332一六一八年十二月
  • 1586,1645,44,373○舊暦一六一八年十
  • 1645,2326,40,228・コックス。
  • 1687,2314,40,247○リチャード
  • 475,742,46,2144にチャナ・ショジェローと見え同月二十一日の條に「皇帝の御用商人すなわち買物掛」とあり同月三十一日の
  • 432,732,45,2152條にチャウノ・シュロジェローとあるように、善左衞門が主人アダムスの口授にもとづき誤記したもので、「〓
  • 1686,1324,44,183○三浦按
  • 1586,2134,42,702「ロンドン英國外國及連邦事務省内舊
  • 1544,1646,41,294一月三日に當る。
  • 1540,2153,44,679ンド省圖書館所藏原書翰集第六册第
  • 1005,741,46,2149八日までコックスはアダムズすなわち三浦按針を伴ない江戸に參府した。江戸では東京渡航の朱印状を請求し
  • 1645,1325,40,147針從者。
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  • 828,738,47,2150ま、後出第一二號文書にあるように翌一六一九年一月二十五日に自分も大坂を去って平戸に向かった。本文書
  • 961,732,45,2156たがその受領をアダムズに委せて歸途に就き、大坂で待機した。アダムズはやはり朱印状受領以前に江戸を發
  • 872,739,46,2148して大坂でコックスに再會したのち、十一月十八日コックスを平戸へ送って、更に待機したが、幸便を得ぬ本
  • 741,736,44,2157は江戸に在る三浦按針の從者善左衞門(英文では善吉)が朱印状下附の當曰、「へるなふ」すなわちコックスの日
  • 1137,743,46,2140の追記があり、三月下旬までは前年度なので、その受信日附はわが元和四年十二月二十六日に當り、遡って人
  • 695,737,47,2154記一六一八年十一月三日の條で、同じく新年度の朱印状を請求するため江戸に來ていた長崎の日本人朱印船廿
  • 608,736,46,2161キャプテン・バルナルドに托して、平戸へこれを發送したことを知らせたものである。朱印状下附に當って盡
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  • 1092,747,47,2136の發信日附は元和四年の拾月廿七日であることが明らかである。この年一六一八年八月二十三日より翌年一日
  • 1224,743,48,2145タムズの使用人ゼンケセより私のゴション(朱印状)とともに。平戸に於いて、一月三十一日受領。」との英立
  • 300,739,45,2157世(オト殿)、本多上野正純(コジキン殿)、安藤對馬守重信(ツシマ殿)を指し、「安仁内儀子供たち」は江戸又は
  • 1270,740,46,2154○この文書は折紙で、年號を闕くが、本文と宛名の間の餘白に受取人コックスの「一六一八年。キャプテン・ア
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