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一八おと, もんきんめてたく壹筆申まいらせ〓、出ふ手其後御無事乙御座こ御著被成, 書状るいちゃる・かくす(, 宛〔元和九年〕霜月廿四日, 附〓, の書状から見ると、その後再び商, 〇, 一〇, 女マティンガの元使用人。, ○前リチャード・コックス侍, ロンドン大英圖書館所藏コ, ・コックス。, トン氏舊藏文書三|一三-, )舊暦一六二四年, ○リチャード, 月四日に當る, 「行が一六二三年十二月二十四日(わが元和九年霜月十三日)イギ川ス船ブ〓號で平用を去の○〓間もない、ころ〓, 二六-二八の内, に平戸を出帆してバタヴィアに向かったオランダ船フーデ・ホープ號(船長はウィレムイスブラソトセ, 〓の〓船、二にぶん六四年一明十〓日(オランダ人使用の新暦では一月二十一日、わが元和九年十二月二日), 第一五號文書, 〓一〓〓〓洲申には一六二三年新潛廿月十八日より翌年新暦二一月二十一日までの記事が闕失しているので、, 詳しい事情は判明しない。文中「其元何篇しよろ之儀仰たしくれ〓て可被下〓」という部分は意味がとりにく, 〓巾に一六〓〓年十一月フ〓〓時所登場し一六二一年三月二日の條では密通のため解雇されている平戸出身, 二日にバタヴィアに到著したが、リンスホーテン航海叢書所收のボンテクーの航海記(一六一八〓干五), らして欲しいとの意味ではなかろうか。附録二の第一一號文書の前半參照。とこの書状の差出人はゴツズ〓, f〓如に〓しに〓るため、この書状が書かれたものであろう。フーデ・ホープ號は一六二四年新暦四月, のオト、すなわちコックスの妾マティンガの下女であろう。日記が闕損しているたぬ正否は不明びあるが其, 〓〓〓文書は所紙で、拜號を闕〓が、「出ふね「御歸朝』という文面から判斷して、商館を閉鎖したコックス, 館に雇われたのかも知れない(, 〓が、〓いはコ〓が商館の經理の亂脈のかどで召還されても、不正のないことを重ね重ね陳述して疑を晴, の書状から見ると、その後再び商, の下婢, マティンガ, アへ去る, コックス一, 行バタヴ, 英商館閉〓, おと書状, 平戸出帆後, す, 一六二四年一月, 一七二
割注
- 女マティンガの元使用人。
- ○前リチャード・コックス侍
- ロンドン大英圖書館所藏コ
- ・コックス。
- トン氏舊藏文書三|一三-
- )舊暦一六二四年
- ○リチャード
- 月四日に當る
- 「行が一六二三年十二月二十四日(わが元和九年霜月十三日)イギ川ス船ブ〓號で平用を去の○〓間もない、ころ〓
- 二六-二八の内
- に平戸を出帆してバタヴィアに向かったオランダ船フーデ・ホープ號(船長はウィレムイスブラソトセ
- 〓の〓船、二にぶん六四年一明十〓日(オランダ人使用の新暦では一月二十一日、わが元和九年十二月二日)
- 第一五號文書
- 〓一〓〓〓洲申には一六二三年新潛廿月十八日より翌年新暦二一月二十一日までの記事が闕失しているので、
- 詳しい事情は判明しない。文中「其元何篇しよろ之儀仰たしくれ〓て可被下〓」という部分は意味がとりにく
- 〓巾に一六〓〓年十一月フ〓〓時所登場し一六二一年三月二日の條では密通のため解雇されている平戸出身
- 二日にバタヴィアに到著したが、リンスホーテン航海叢書所收のボンテクーの航海記(一六一八〓干五)
- らして欲しいとの意味ではなかろうか。附録二の第一一號文書の前半參照。とこの書状の差出人はゴツズ〓
- f〓如に〓しに〓るため、この書状が書かれたものであろう。フーデ・ホープ號は一六二四年新暦四月
- のオト、すなわちコックスの妾マティンガの下女であろう。日記が闕損しているたぬ正否は不明びあるが其
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- 館に雇われたのかも知れない(
- 〓が、〓いはコ〓が商館の經理の亂脈のかどで召還されても、不正のないことを重ね重ね陳述して疑を晴
- の書状から見ると、その後再び商
頭注
- の下婢
- マティンガ
- アへ去る
- コックス一
- 行バタヴ
- 英商館閉〓
- おと書状
- 平戸出帆後
- す
柱
- 一六二四年一月
ノンブル
- 一七二
注記 (43)
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