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一書申上〓、爰元御逗留被成〓時分、色〻得御意、忝〓、何たる御馳走も, 不申、御殘多〓、何こても此方御用之儀〓はゝ可承〓、尚安仁樣へ申入〓, 九あまのや九郎兵衞, 尚と明年は必た御上洛まち申〓、以上、, 宛〔元和四年〕霜月卅日, 書状いぎりす・かぴたん一, ックスの日記では一六一七年十月十五日の條以降しばしば登場するアダムズの大坂の定宿の主人である。『大口, 事務省内舊インド省圖書館, ○ロンドン英國外國及連邦, 月二十六日に當る、, 第七六六號文書。, 大坂定宿、, 所藏原書翰集第六册, ○この文書は折紙で、年號を闕くが、餘白に受取人コックスの「一六一八年。キヤプテン・アダムズの大坂の, 宿主クロビー殿より。二月一日平戸に於いて受領。」という英文の追記があり、三月中旬までは前年度なので, その受信日附はわが元和四年十二月二十七日に當り、遡ってこの發信日附は元和四年の霜月中日であることが, 明らかである。前號に見るようにコックス及びアダムズが朱印状の下附を待たずに江戸を去ってのち、十月一, ○舊暦一六一八年〓二付, ○三浦按針, 十、二六七頁參照, るように、十二月初め京都の伊丹屋助五郎のもとに、次いで大坂の天野屋九郎兵衞のもとへと遞送されるが, 十七日下附された朱印状はアダムズの從者善左衞門からキャプテン・バルナルドに托して發送され、次號に目, コックス。, 本史料』第十二編之三, 本書状は、その朱印状が大坂まで到著する以前に、九郎兵衞が大坂から出した挨拶状である。九郎兵衞は、コ, ○リチャード, ックスの日記では一六一七年十月十五日の條以降しばしば登場するアダムズの大坂の定宿の主人である。『大口, コックス大, 坂を去る, 三浦按針, 追而書, 郎兵衞書状, あまのや九, 一六一八年十二月, 一四一
割注
- 事務省内舊インド省圖書館
- ○ロンドン英國外國及連邦
- 月二十六日に當る、
- 第七六六號文書。
- 大坂定宿、
- 所藏原書翰集第六册
- ○この文書は折紙で、年號を闕くが、餘白に受取人コックスの「一六一八年。キヤプテン・アダムズの大坂の
- 宿主クロビー殿より。二月一日平戸に於いて受領。」という英文の追記があり、三月中旬までは前年度なので
- その受信日附はわが元和四年十二月二十七日に當り、遡ってこの發信日附は元和四年の霜月中日であることが
- 明らかである。前號に見るようにコックス及びアダムズが朱印状の下附を待たずに江戸を去ってのち、十月一
- ○舊暦一六一八年〓二付
- ○三浦按針
- 十、二六七頁參照
- るように、十二月初め京都の伊丹屋助五郎のもとに、次いで大坂の天野屋九郎兵衞のもとへと遞送されるが
- 十七日下附された朱印状はアダムズの從者善左衞門からキャプテン・バルナルドに托して發送され、次號に目
- コックス。
- 本史料』第十二編之三
- 本書状は、その朱印状が大坂まで到著する以前に、九郎兵衞が大坂から出した挨拶状である。九郎兵衞は、コ
- ○リチャード
- ックスの日記では一六一七年十月十五日の條以降しばしば登場するアダムズの大坂の定宿の主人である。『大口
頭注
- コックス大
- 坂を去る
- 三浦按針
- 追而書
- 郎兵衞書状
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柱
- 一六一八年十二月
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注記 (35)
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