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頃〕〓, 和七年霜月, 一五イギリス・オランダ兩商館長獻上臺及人足代金見積書〔一, 一六二一年十二月, 見積書は、江戸到著の一六二一年十二月二十八日(霜月二十六日)以降この日までの間に用意されたのに相違, ○ロンドン大英圖書館所藏コットン氏舊藏文, 青三-一三-二六-二八の内第一九號文書, 合せの贈物を、この見積書ができて後にもう一組贈ることとなったことを示すのであろう。注文した臺が調逹, 書に闕落があるわけではない。また墨附六丁の順序にも疑問はない。この文書中「町奉行治兵衞」(島田利正)が, エ記一六二二年一月三日の條に「平戸の王の助言により江戸の首席裁判官二人に二組」とあるように、同じ組, いが、同一の日に二箇所以上に運んだ場合及び同一邸内の取次人の許へ運んだ場合を適宜省略したもので、文, た結果も一三五匁四分)であることを明記してある。末尾の「大炊樣」以下五人は重出であるが、恒例の贈物, とは別途の新年の挨拶が目的であることは、本文の注記及び日記の記事で明らかである。最後に「人足ノ覺, 兩商館長が行動を共にしている一六二一年十二月三十日より一六二三年二月二日(元和七年霜月二十八日より元, 日記本文では一六二二年一月六日の條で「マチー・ボンギューのイノケナ・カンボ」(米津勘兵衞田政)と入れ, があり、十一件の人足人數と賃銀の合計額をほぼ配送順に列擧しており、贈先は先行の人名と比べてかなり小, 和八年正月二日)に至る期間であり、最初の「御公方樣」以下九件は、贈物の品目及び臺の寸法・箇數の記載を, 代っているが、兩人はそれぞれ慶長十八年、同九年以來町奉行であり、月替りということも考えられはするが、, ことが知られる。同じ指物師に注文したのかどうか定かではないが、次の「松源太郎樣」以下一九件は贈物の, ○舊暦一六一, 品目、臺の寸度(幅と長さ)、及び臺の値段を列擧し、その合計が一三五匁四分(未記入一件を推定して計算ー, 省略し、「だい數」の〆高も空白のままであるが、それらの臺の調達を江戸の内匠屋隼人に銀子五〇匁で命じ, の内で、獻上及贈呈先、品名、及び數量の九分通り一致するのは、防衞船隊の結成によりイギリス・オランダ, ○この文書は袋綴六丁、無題、無年月の覺書であるが、コックスの日記の現存部分に見える江戸參府中の記事, された由の記事がコックスの日記の一六二二年一月一日(わが元和七年霜月三十日)の條に見えるので、こ(, 年十二月, 見積書は、江戸到著の一六二一年十二月二十八日(霜月二十六日)以降この日までの間に用意されたのに相違, 人足代金見, 著す, 積書, 長獻上臺及, 防衞船隊來, 英蘭兩蘭館, 一六二一年十二月, 一五七
割注
- ○ロンドン大英圖書館所藏コットン氏舊藏文
- 青三-一三-二六-二八の内第一九號文書
- 合せの贈物を、この見積書ができて後にもう一組贈ることとなったことを示すのであろう。注文した臺が調逹
- 書に闕落があるわけではない。また墨附六丁の順序にも疑問はない。この文書中「町奉行治兵衞」(島田利正)が
- エ記一六二二年一月三日の條に「平戸の王の助言により江戸の首席裁判官二人に二組」とあるように、同じ組
- いが、同一の日に二箇所以上に運んだ場合及び同一邸内の取次人の許へ運んだ場合を適宜省略したもので、文
- た結果も一三五匁四分)であることを明記してある。末尾の「大炊樣」以下五人は重出であるが、恒例の贈物
- とは別途の新年の挨拶が目的であることは、本文の注記及び日記の記事で明らかである。最後に「人足ノ覺
- 兩商館長が行動を共にしている一六二一年十二月三十日より一六二三年二月二日(元和七年霜月二十八日より元
- 日記本文では一六二二年一月六日の條で「マチー・ボンギューのイノケナ・カンボ」(米津勘兵衞田政)と入れ
- があり、十一件の人足人數と賃銀の合計額をほぼ配送順に列擧しており、贈先は先行の人名と比べてかなり小
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- 代っているが、兩人はそれぞれ慶長十八年、同九年以來町奉行であり、月替りということも考えられはするが、
- ことが知られる。同じ指物師に注文したのかどうか定かではないが、次の「松源太郎樣」以下一九件は贈物の
- ○舊暦一六一
- 品目、臺の寸度(幅と長さ)、及び臺の値段を列擧し、その合計が一三五匁四分(未記入一件を推定して計算ー
- 省略し、「だい數」の〆高も空白のままであるが、それらの臺の調達を江戸の内匠屋隼人に銀子五〇匁で命じ
- の内で、獻上及贈呈先、品名、及び數量の九分通り一致するのは、防衞船隊の結成によりイギリス・オランダ
- ○この文書は袋綴六丁、無題、無年月の覺書であるが、コックスの日記の現存部分に見える江戸參府中の記事
- された由の記事がコックスの日記の一六二二年一月一日(わが元和七年霜月三十日)の條に見えるので、こ(
- 年十二月
- 見積書は、江戸到著の一六二一年十二月二十八日(霜月二十六日)以降この日までの間に用意されたのに相違
頭注
- 人足代金見
- 著す
- 積書
- 長獻上臺及
- 防衞船隊來
- 英蘭兩蘭館
柱
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ノンブル
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注記 (35)
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