『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 6 訳文編之2(上) 天文21年12月~23年11月 p.211

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それを見つけることで神に奉仕しました。そして、私達は八月二日にシナを出発し、同月十四, 種子島に立ち寄ったことは確認されていないので、アルカソヴァが日本で最初に到着したのは, レ・フランシスコがいたことがあり、そこの領主は私達をたいへん歓待してくれました。この, ことを命じました。翌日、私達は国王を訪ねて行きました。彼は大領主で、数多くの兵士を擁, 土地に、私達は八日おり、私達はつねに彼等から好意を示されました。そこから、私達は同月, 日に日本に到着しました。二人のポルトガル人が私達に同行しました。私達が日本に着いた最, 鹿児島ということになる。)と呼ばれる一つの島でした。そこには、すでにパードレ・メスト, めに、伴の者を連れずにマラッカに留まりました。そして、六月六日に私達は日本に向けて出, ましたが、主はそのような時にも私達をお見捨てにはなりませんでした。九月七日、私達は豊, う。)]行くことになっていたからです。パードレ・メストレ・フランシスコは、シナに行くた, 発しました。私達はうまい具合にシナにおいて便船を見つけて一隻のナウ船で渡航し、私達は, ました。なぜなら、私達は聴罪司祭なしに[二人きりで(〇アジュダ図書館の占写本により補, 侵の市に到着し、国王、(〇大友義鎮を指す。)は私達が宿泊するための家一軒を私達に与える, 例の土地は、タヌシュマ(○種子島を指す。ここでは、鹿児島と混同されている。ザビエルが, 〓二十二日に乗船し、豊後と呼ばれる領国に向けて出発しました。私達は数多くの危険に遭遇し, 副王からの, 義鎮に印度, 到着し大友, 豊後府内に, 贈物を齎す, 二一一一

頭注

  • 副王からの
  • 義鎮に印度
  • 到着し大友
  • 豊後府内に
  • 贈物を齎す

ノンブル

  • 二一一一

注記 (21)

  • 1406,595,61,2289それを見つけることで神に奉仕しました。そして、私達は八月二日にシナを出発し、同月十四
  • 1094,592,63,2292種子島に立ち寄ったことは確認されていないので、アルカソヴァが日本で最初に到着したのは
  • 892,607,59,2272レ・フランシスコがいたことがあり、そこの領主は私達をたいへん歓待してくれました。この
  • 376,609,59,2278ことを命じました。翌日、私達は国王を訪ねて行きました。彼は大領主で、数多くの兵士を擁
  • 787,603,60,2286土地に、私達は八日おり、私達はつねに彼等から好意を示されました。そこから、私達は同月
  • 1305,591,59,2293日に日本に到着しました。二人のポルトガル人が私達に同行しました。私達が日本に着いた最
  • 994,596,59,2285鹿児島ということになる。)と呼ばれる一つの島でした。そこには、すでにパードレ・メスト
  • 1614,593,60,2294めに、伴の者を連れずにマラッカに留まりました。そして、六月六日に私達は日本に向けて出
  • 581,592,60,2294ましたが、主はそのような時にも私達をお見捨てにはなりませんでした。九月七日、私達は豊
  • 1716,590,61,2292う。)]行くことになっていたからです。パードレ・メストレ・フランシスコは、シナに行くた
  • 1510,591,62,2289発しました。私達はうまい具合にシナにおいて便船を見つけて一隻のナウ船で渡航し、私達は
  • 1821,586,61,2300ました。なぜなら、私達は聴罪司祭なしに[二人きりで(〇アジュダ図書館の占写本により補
  • 477,618,62,2271侵の市に到着し、国王、(〇大友義鎮を指す。)は私達が宿泊するための家一軒を私達に与える
  • 1200,608,60,2278例の土地は、タヌシュマ(○種子島を指す。ここでは、鹿児島と混同されている。ザビエルが
  • 670,562,75,2323〓二十二日に乗船し、豊後と呼ばれる領国に向けて出発しました。私達は数多くの危険に遭遇し
  • 541,314,40,225副王からの
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  • 260,2530,44,118二一一一

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