『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.38

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帰りには、〔背の〕高い棺と、昼よりも明るい灯明を持ち、こうして、私達はこれをできる限, り〓粛に埋葬しました。山口の大半と、彼の親戚は感動しており、もしも彼等に説教をする者, があれば、彼等はキリスト教徒になっていたでしょう。その妻は、四日間、貧者達に食べ物を, [貧者達のために(〇アジュダ図書館の古写本第二により補う。)]造らなければならないその, るキリスト教徒が与えた土地をすでに持っています。二月乃至三月に、〔建設が〕始まるでし, ました。」となる。)。彼女は、[家の(〇上記の全古写本により補う。)]たくさんの調度品を, 家にも施しの残りを与え、そのうえ、絹の衣一着を与えました。それは銭三〇〇○乃至四〇〇, 与えました(〇上記の全古写本では、「アンブロジオの妻は、四日間、貧者達に食べ物を施し, を持って行きました。そして、修院が遠くにありましたので、私達は山口全市を通りました。, ○の価値が有り、一八乃至二〇パルダオに相当します。貧者達のこの家のために、私達は、あ, 及び科学学士院図書館の古写本では、「ファニズメfanisume」、外務省文書館の古写本では、, ょう。山口のキリスト教徒達が行なった施しは大きく、彼等は毎月三乃至四回、貧者達に食べ, 「ファルズメfarusumeとなる。)の義兄弟アンブロジオが亡くなりました。男女合わせて一, 〇○人以上のキリスト教徒が、葬儀に行きました。私はスーペルペリティウム(〇短白衣。), 一ストラ(○頸垂帯。)を着て、ベルシオールはスーペルペリティウムを着て一体の十字架像, 死去す, の義兄弟ア, ファイズメ, ンブロジオ, 三八

頭注

  • 死去す
  • の義兄弟ア
  • ファイズメ
  • ンブロジオ

ノンブル

  • 三八

注記 (20)

  • 1263,601,59,2315帰りには、〔背の〕高い棺と、昼よりも明るい灯明を持ち、こうして、私達はこれをできる限
  • 1160,600,57,2315り〓粛に埋葬しました。山口の大半と、彼の親戚は感動しており、もしも彼等に説教をする者
  • 1056,598,56,2315があれば、彼等はキリスト教徒になっていたでしょう。その妻は、四日間、貧者達に食べ物を
  • 744,606,56,2308[貧者達のために(〇アジュダ図書館の古写本第二により補う。)]造らなければならないその
  • 431,599,55,2314るキリスト教徒が与えた土地をすでに持っています。二月乃至三月に、〔建設が〕始まるでし
  • 848,603,58,2315ました。」となる。)。彼女は、[家の(〇上記の全古写本により補う。)]たくさんの調度品を
  • 643,601,54,2314家にも施しの残りを与え、そのうえ、絹の衣一着を与えました。それは銭三〇〇○乃至四〇〇
  • 953,595,57,2318与えました(〇上記の全古写本では、「アンブロジオの妻は、四日間、貧者達に食べ物を施し
  • 1369,602,56,2282を持って行きました。そして、修院が遠くにありましたので、私達は山口全市を通りました。
  • 535,597,57,2318○の価値が有り、一八乃至二〇パルダオに相当します。貧者達のこの家のために、私達は、あ
  • 1783,604,59,2270及び科学学士院図書館の古写本では、「ファニズメfanisume」、外務省文書館の古写本では、
  • 329,609,53,2298ょう。山口のキリスト教徒達が行なった施しは大きく、彼等は毎月三乃至四回、貧者達に食べ
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  • 1578,600,55,2283〇○人以上のキリスト教徒が、葬儀に行きました。私はスーペルペリティウム(〇短白衣。)
  • 1474,642,54,2275一ストラ(○頸垂帯。)を着て、ベルシオールはスーペルペリティウムを着て一体の十字架像
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