『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.147

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恵みを私に与えて下さいました。そこに到着するとすぐに、私は彼等が広東市に私を連れて行, レグアの海上にある島です-において、私達の主は、私達の祝福されたパードレ・メスト, ポルトガル人達が彼等とその地や、シナの他地域に取引きをしに行くことができるよう譲歩し, レ・フランシスコ〔・ザビエル〕が埋葬されていたと言われている墓穴の上で、ミサを立てる, ました」となる。)、かの祝福されたパードレが多くの苦労を重ねて求めて得ることのできなか, こうとしているかどうか見極めようと努めました。私は、シナに渡航するポルトガル人達の考, ったこと、すなわち、それは広東市に入ることでしたが、私達は彼の死後にその執り成しによ, えによれば、パードレ・メストレ・フランシスコの死後間もなく、彼の祈りによってシナへの, 門戸が開かれたのであり(〇イエズス会トレド管区文書館文書では、「彼の死後、シナ人達は, っていかなる困難もなく実現する、と考えています。そして、あなた方は(〇エヴォラ版『日, ならば、私達は破滅していたでしょう。こうした状況にあって、私は連祷を唱えて諸聖人、殊, レオン船に乗り移った後、出発し」となる。)、七月半ばにサンシャン(〇上川島。)に到着し, に至聖なる三位一体に救いを求めて大いに慰めを得ました。サンシャン-広東市から三〇, に岩礁の広がっている所を通過しましたが、風がたいへん強かったので、これに接触していた, ました。途中、私達は水深が三ブラサ半あり(〇一ブラサbracaは約二・二メートル。)、海底, (penedos), を立つる, ためにミサ, 着す, ザビエルの, 上川島に到, 一四七

割注

  • (penedos)

頭注

  • を立つる
  • ためにミサ
  • 着す
  • ザビエルの
  • 上川島に到

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  • 一四七

注記 (22)

  • 1106,602,55,2312恵みを私に与えて下さいました。そこに到着するとすぐに、私は彼等が広東市に私を連れて行
  • 1315,609,52,2305レグアの海上にある島です-において、私達の主は、私達の祝福されたパードレ・メスト
  • 691,601,55,2308ポルトガル人達が彼等とその地や、シナの他地域に取引きをしに行くことができるよう譲歩し
  • 1209,612,54,2302レ・フランシスコ〔・ザビエル〕が埋葬されていたと言われている墓穴の上で、ミサを立てる
  • 586,599,55,2312ました」となる。)、かの祝福されたパードレが多くの苦労を重ねて求めて得ることのできなか
  • 1002,605,53,2309こうとしているかどうか見極めようと努めました。私は、シナに渡航するポルトガル人達の考
  • 482,610,56,2303ったこと、すなわち、それは広東市に入ることでしたが、私達は彼の死後にその執り成しによ
  • 898,603,53,2304えによれば、パードレ・メストレ・フランシスコの死後間もなく、彼の祈りによってシナへの
  • 794,594,56,2313門戸が開かれたのであり(〇イエズス会トレド管区文書館文書では、「彼の死後、シナ人達は
  • 378,616,54,2296っていかなる困難もなく実現する、と考えています。そして、あなた方は(〇エヴォラ版『日
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