『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 7 訳文編之2(下)天文23年12月~弘冶1年12月 p.173

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には〕すでにかなり遅れていたけれども渡航することを決意して全員を連れて行きました。そ, 願と懇願によって、パードレはもしもシナにおいて日本へ渡航する船があるならば、〔時期的, れらの問題について御指示される場合には、シナを出発する最初の船でマラッカに戻り、〔当, して〔日本への船が〕無い時には、可能な限りの調査をし、シナへの入国を実行するために捜, し得るあらゆる方法を用いることにしました。それは、私達の祝福されたパードレ・メスト, 地で〕さらにこれらのナウ船を得て、今年インドへ行くことができるように、決心していまし, びとの能力が優れている国はどこにもないからです。パードレはまた、私達の主である神がこ, 報告によって理解されている通り、そこでは福音の教えが最もよく受け入れられ、そこほど人, の者たちはマラッカのこの学院へ戻るように決めました。しかしながら、後には司令官達の請, レ・フランシスコが強く望んでいたことだからです。なぜなら、シナは現在知られているかぎ, り大トルコに次いで大きなものだからです。すなわち、あなた方が昨年こちらから送付された, ァン・デ・ゴイス(○譯文編之二(上)、一八四頁参照。)のみを同行してシナへ行き、その他, ラが来ました。そこで、パードレは彼等と共に、イルマン・フェルナン・メンデスとエステヴ, ン・ダ・クー二ヤ(○譯文編之二(上)、二五六頁参照。)の義兄弟であるアント二オ・ペレイ, へ行った少年の父で、イエズス会の大いなる友人であるフランシスコ・トスカーノと、シマ, (gran turco), 国開教の調, 無き時は中, 査をなすべ, 日本渡航船, し, 七三

割注

  • (gran turco)

頭注

  • 国開教の調
  • 無き時は中
  • 査をなすべ
  • 日本渡航船

ノンブル

  • 七三

注記 (22)

  • 1226,599,56,2310には〕すでにかなり遅れていたけれども渡航することを決意して全員を連れて行きました。そ
  • 1332,593,56,2315願と懇願によって、パードレはもしもシナにおいて日本へ渡航する船があるならば、〔時期的
  • 497,594,55,2314れらの問題について御指示される場合には、シナを出発する最初の船でマラッカに戻り、〔当
  • 1122,600,56,2314して〔日本への船が〕無い時には、可能な限りの調査をし、シナへの入国を実行するために捜
  • 1022,606,52,2298し得るあらゆる方法を用いることにしました。それは、私達の祝福されたパードレ・メスト
  • 392,598,56,2309地で〕さらにこれらのナウ船を得て、今年インドへ行くことができるように、決心していまし
  • 604,597,54,2311びとの能力が優れている国はどこにもないからです。パードレはまた、私達の主である神がこ
  • 708,598,54,2314報告によって理解されている通り、そこでは福音の教えが最もよく受け入れられ、そこほど人
  • 1435,596,57,2321の者たちはマラッカのこの学院へ戻るように決めました。しかしながら、後には司令官達の請
  • 917,603,53,2306レ・フランシスコが強く望んでいたことだからです。なぜなら、シナは現在知られているかぎ
  • 813,603,52,2306り大トルコに次いで大きなものだからです。すなわち、あなた方が昨年こちらから送付された
  • 1539,611,55,2306ァン・デ・ゴイス(○譯文編之二(上)、一八四頁参照。)のみを同行してシナへ行き、その他
  • 1644,596,54,2310ラが来ました。そこで、パードレは彼等と共に、イルマン・フェルナン・メンデスとエステヴ
  • 1748,591,56,2320ン・ダ・クー二ヤ(○譯文編之二(上)、二五六頁参照。)の義兄弟であるアント二オ・ペレイ
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