『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.112

Loading…

要素

頭注ノンブル

OCR テキスト

を啓き給わんことを。, 商人がやって来て、また、殆どの年にはポルトガル人達もそこに来航します。同パードレ(〇, は、私がパードレ・メストレ・フランシスコと共に日本にやって来た時に一年ほど滞在した所, ードレ(〇バレト。)がインドに出発した後、この地は平穏となり、彼等の主人である国王と, 地ではキリスト教徒になる者もありますが、その数はあまり多くありません。主が彼等を真理, 和睦のようなものを結びました。そのような平穏な状況の中で、大勢の人がデウスの事柄を聴, の認知へと導き給わんことを。, で、四〇〇人ほどのキリスト教徒がいるでありましょう。良港ですので、日本全国から大勢の, この頃、パードレ・バルタザール・ガーゴは平戸という港に向かって出発しました。その港, 至それ以下がキリスト教徒になりました。諸善の根源たる主が、真理を悟るために彼等の理解, こうとしてやって来て、事態は次第に拡大して行きました。デウスのお恵みにより、聖霊が彼, 等を光り導いたので、つねに多数の者がキリスト教徒となり、一日に一〇人あるいは一五人乃, を立てました。私達は大変涙を流し、主への奉仕を望んで、あらゆる請願を行ないました。パ, 十二月(○弘治二年十月三十曰~十一月三十日。)に山口から、国王(○大内義長。)と大身, 〓ガーゴ。)はその地で息災であり、キリスト教徒も主に仕えて大いに進歩しております。その, へ向かう, 平戸に関す, バレト出発, 後豊後は平, る情報, ガーゴ平戸, 穏になる, 一一一

頭注

  • へ向かう
  • 平戸に関す
  • バレト出発
  • 後豊後は平
  • る情報
  • ガーゴ平戸
  • 穏になる

ノンブル

  • 一一一

注記 (23)

  • 867,458,38,386を啓き給わんことを。
  • 548,458,41,1739商人がやって来て、また、殆どの年にはポルトガル人達もそこに来航します。同パードレ(〇
  • 706,462,40,1736は、私がパードレ・メストレ・フランシスコと共に日本にやって来た時に一年ほど滞在した所
  • 1260,459,41,1736ードレ(〇バレト。)がインドに出発した後、この地は平穏となり、彼等の主人である国王と
  • 390,459,40,1736地ではキリスト教徒になる者もありますが、その数はあまり多くありません。主が彼等を真理
  • 1182,458,40,1740和睦のようなものを結びました。そのような平穏な状況の中で、大勢の人がデウスの事柄を聴
  • 313,463,38,546の認知へと導き給わんことを。
  • 628,449,40,1742で、四〇〇人ほどのキリスト教徒がいるでありましょう。良港ですので、日本全国から大勢の
  • 786,501,41,1695この頃、パードレ・バルタザール・ガーゴは平戸という港に向かって出発しました。その港
  • 944,459,40,1739至それ以下がキリスト教徒になりました。諸善の根源たる主が、真理を悟るために彼等の理解
  • 1102,463,40,1736こうとしてやって来て、事態は次第に拡大して行きました。デウスのお恵みにより、聖霊が彼
  • 1024,457,39,1739等を光り導いたので、つねに多数の者がキリスト教徒となり、一日に一〇人あるいは一五人乃
  • 1341,459,39,1729を立てました。私達は大変涙を流し、主への奉仕を望んで、あらゆる請願を行ないました。パ
  • 232,501,39,1692十二月(○弘治二年十月三十曰~十一月三十日。)に山口から、国王(○大内義長。)と大身
  • 455,408,76,1785〓ガーゴ。)はその地で息災であり、キリスト教徒も主に仕えて大いに進歩しております。その
  • 760,246,30,129へ向かう
  • 637,241,31,170平戸に関す
  • 1270,242,30,170バレト出発
  • 1236,238,30,172後豊後は平
  • 601,241,32,99る情報
  • 796,241,31,167ガーゴ平戸
  • 1199,238,30,135穏になる
  • 1440,1947,29,73一一一

類似アイテム