『日本関係海外史料』 イエズス会日本書翰集 8 訳文編之3 弘冶1年11月~永禄2年11月 p.316

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をとらせるために六レグアのところからやって来て、そこから豊後まで三レグア、二レグア、, 彼等に思われていたためであり、彼等はナウ船を大変重要視していました。, 一レグアごとに、酒や果物や、日を遮るための足の付いた傘を携えて、群れをなして待ってい, ら、書翰が数通届きました(〇ルイ・バレトの船は一五五九年六月に平戸へ到着した。)。それ, が脱出した様子を知って大変喜びました。キリスト教徒達は大変喜び、ある者達は私達に夜食, ました。それはあまりの歓喜と満足を伴うものだったので、彼等はそれを自身の中に収めるこ, 数人のキリスト教徒が私達の脱出について交渉し、それが認められました。その日の晩、誰, により、私達にとっても彼等にとっても、決して想像したことがないほどの危険な状況が生じ, とができませんでした。ある者は喜びの涙を流し、またある者は私達の祈りを聞き入れてくだ, ていました。しかし、我等の主は然るべき方法で物事が運ぶことをお望みになり、翌日の早朝、, 察知されることなく、豊後へと陸路で出発しました。豊後の国王と数人の他の大身達は、私達, も来航したことがなく、博多から一日の距離にある土地に入港した、ルイ・バレトのナウ船か, をとどめておけば、ポルトガル人達のナウ船から多くの軍需品を得ることができるであろうと、, さった我等の主に感謝を捧げつつ、目を天に向けました。その他の体が不自由な者や年老いた, 〓私達に言うところから、死の準備をしていました。私達を殺さず生かすことにしたのは、私達, 於て歓待を, 向かう, 豊後近郊に, 陸路豊後へ, 脱出が認め, 受く, らる, 三一六

頭注

  • 於て歓待を
  • 向かう
  • 豊後近郊に
  • 陸路豊後へ
  • 脱出が認め
  • 受く
  • らる

ノンブル

  • 三一六

注記 (23)

  • 560,443,37,1712をとらせるために六レグアのところからやって来て、そこから豊後まで三レグア、二レグア、
  • 1193,443,38,1380彼等に思われていたためであり、彼等はナウ船を大変重要視していました。
  • 479,459,39,1715一レグアごとに、酒や果物や、日を遮るための足の付いた傘を携えて、群れをなして待ってい
  • 954,443,41,1734ら、書翰が数通届きました(〇ルイ・バレトの船は一五五九年六月に平戸へ到着した。)。それ
  • 637,446,40,1735が脱出した様子を知って大変喜びました。キリスト教徒達は大変喜び、ある者達は私達に夜食
  • 400,444,39,1734ました。それはあまりの歓喜と満足を伴うものだったので、彼等はそれを自身の中に収めるこ
  • 1113,480,39,1700数人のキリスト教徒が私達の脱出について交渉し、それが認められました。その日の晩、誰
  • 875,447,40,1733により、私達にとっても彼等にとっても、決して想像したことがないほどの危険な状況が生じ
  • 321,443,40,1736とができませんでした。ある者は喜びの涙を流し、またある者は私達の祈りを聞き入れてくだ
  • 797,448,39,1749ていました。しかし、我等の主は然るべき方法で物事が運ぶことをお望みになり、翌日の早朝、
  • 717,438,39,1743察知されることなく、豊後へと陸路で出発しました。豊後の国王と数人の他の大身達は、私達
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